悪徳商法というと、一般の消費者を狙ったねずみ講やマルチまがい商法をイメージするが、昭和や平成の時代には、企業や事業家にターゲットを絞り、大がかりな仕掛けで大金を騙し取る詐欺事件が多発。その代表格が、いわゆる「M資金」詐欺だ。
М資金とは敗戦後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)が占領下の日本で接収した財産などをもとに、極秘運用されていると噂される秘密資金のこと。当時、GHQの経済科学局長だったウィリアム・マーカット少将の頭文字をとって、そう呼ばれるようになった。ただ、徳川埋蔵金と同様、このМ資金が公的に確認されたことは一度もなく、いうなれば「ヒトラーの隠し財産」「バチカンの闇資金」のごとく、怪しげなものだ。
しかしこれが1970年代には、全日空や旧富士製鉄を舞台にした融資詐欺事件に発展。1980年代には日本国内のみならず、アメリカやイギリスのブラックマーケットでも、第一勧業銀行発行の100億円偽造預金証明書をエサにした詐欺事件が起こり、国際刑事警察機構(ICPO)が捜査に乗り出す大騒動に発展した。
М資金詐欺師たちが狙うのは、企業の経営者や実業家といった、それなりに社会的地位のある人々だが、その手口はあくまで古典的。巨額の「秘密資金」提供をチラつかせ、手数料などの名目で金銭を騙し取る、というものだった。
そんな手口で企業や実業家らが騙された背景には、彼らの用意周到な「演出」があった。М資金詐欺で有名なのは「マルタ財団」による、1999年の富士銀行(現・みずほ銀行)の預金通帳残高50億円偽造事件だ。
この「マルタ財団」は、ローマに本部を持ち、国土を持たない国際的な奉仕活動で有名な主権国家「マルタ騎士団」にゆかりがある組織…というのを謳い文句に、企業経営者らに接触して、言葉巧みに相手を騙してきた。むろん「マルタ騎士団」とは縁もゆかりもない。
ある時、財団職員を名乗る男がいつものように、金融会社の関係者と商談を進めていた。その際、男は50億円の入金記録がある富士銀行の預金通帳を見せたのだが、不審に思った弁護士が銀行に確認。その結果、詐欺だと判明し、一味は逮捕された。
「実はこの預金通帳は本物で、なんと詐欺グループは事前に、富士銀行の事務を集中管理する『東京事務センター』に技術者を差し向け、端末を操作させた。50億円の振り込みがあったように、数字を入力していたのです。まさに映画を地で行くような用意周到な手口は、マスコミでも大々的に報道されました」(当時を知る元社会部記者)
さすがにセキュリティーが強化され、SNSが発達した現代では、大規模なМ資金詐欺は鳴りを潜めたようだが、それでも中小企業を狙ったМ資金まがいの小口詐欺事件は、あとを絶たないと言われる。
徳川家が残したという埋蔵金しかり、バチカンの闇資金しかり、確かに実在すれば壮大なロマンだが、現実にはありえないということを肝に銘じるべきなのである。
(丑嶋一平)