「物理学者のすごい日常」橋本幸士/979円・集英社インターナショナル
物理学者の思考法を紹介して話題となった京都大学大学院理学研究科の橋本幸士教授が執筆した「物理学者のすごい思考法」の第2弾が登場。研究だけでなく、日常生活のすべてを物理学的視点で考える橋本教授に、魚住りえが迫る!
魚住 物理学には、とてもロマンがあるなと、この本を読んで感じました。
橋本 宇宙の果てはどうなっているんだろう、顕微鏡でどこまで小さく見れるんだろうなど、そういう小学生のような発想を大人まで持っている人たちが科学者です。研究室では失敗しても「俺はこんなすごいことを考えて、こんな壮大なことをやって、全部失敗したんだ」っていうのを、みんな自慢げに話しています。
魚住 失敗したら怒られる職場もありますけれど、温かい世界ですね。
橋本 皆さんが知っている科学は、成功した話だけなのであまり知られていませんが、科学はほとんどが失敗から始まります。
魚住 私たちはノーベル賞を受賞された時に、初めてどんな研究だったかを知ることが多いです。
橋本 益川敏英先生と小林誠先生がノーベル賞を受賞した(08年)素粒子の理論は、40年くらい前、京都大学の助手時代に書いたものです。小林・益川先生の仮説以外に何千、何百という仮説がありました。色々な実験が行われて、小林・益川説が正しかったことが証明されて、ノーベル賞を受賞する運びになりました。
魚住 たくさんの失敗がないと、新しい理論は生まれないんですね。
橋本 「失敗してはダメ」と言っていたら科学は進みません。そして成功を誉めるのは簡単ですが、失敗を誉める時はアイディアの発想力、他の人が全然思いつかなかったことを試したことなど、その人のアイデンティティを誉めます。そういう人たちのロマンが科学の原動力になっているんだと思います。
魚住 この本の「通勤の物理」の章では、混雑する電車やバスを避ける方法、「朝食の物理」の章では、桃を等しく4等分する方法など、日常生活で起こる様々なエピソードが紹介されています。先生は日常生活も物理学の対象にして考えられるんですね。
橋本 困ったことにそうなんです(笑)。桃などを切り分ける時に「こっちの方が大きい」と、家族でいつも揉めてしまいます。「等分にする」となった途端、私の頭脳が活躍するわけです。桃は真ん中に種がありますから、種を避けるように切って、なおかつ、種だけを残すように切りたい。4回、回転対称な平面で切断して、連続極限がこうだからとか、さんざん考えて切り分けました。その結果、やっぱりケンカになりそうな分け方になってしまったんです(笑)。
魚住 最後に奥様の「こうやったら分けられるやん」というオチが最高でした。それからお父様の死について考察された「父の他界」という章は、とても心を打たれました。「宇宙はユニタリー時間発展だから、お父様の情報は保存されている」という物理学の考え方を知ることは、大切な人の死を受け止める救いになると思います。私も周りの人に「ユニタリー時間発展っていうのがあってね」と話したりして、急に物理が身近になりました。
橋本 この本が科学の入口になってくれれば、という思いで書いていますので、そう感じていただけると執筆してよかったと思います。
ゲスト:橋本幸士(はしもと・こうじ)京都大学大学院理学研究科教授。「学習物理学」領域代表。1973年生まれ、大阪育ち。専門は素粒子論(弦理論)。京都大学で理学博士を取得後、カリフォルニア大学サンタバーバラ校理論物理学研究所、東京大学、理化学研究所、大阪大学を経て現職。映画「シン・ウルトラマン」の物理学監修など、物理学とメディアや芸術を融合する試みも行っている。
聞き手:魚住りえ(うおずみ・りえ)大阪府生まれ、広島県育ち。慶應義塾大学文学部卒。1995年、日本テレビにアナウンサーとして入社。報道、バラエティー、情報番組などで幅広く活躍。04年に独立し、フリーアナウンサーとして芸能活動をスタート。30年にわたるアナウンスメント技術を生かした「魚住式スピーチメソッド」を確立し、現在はボイス・スピーチデザイナーとしても活躍中。