魚住 先生の研究目標を教えていただけますか。
橋本 一番の目標は、宇宙が動いている仕組みを解明することです。これは多分、我々が生きている間には、何の役にも立たないですが、1000年後に役に立っている可能性が高い。そういうことが科学の営みだと思っているので、そこに自分が貢献したいと思っています。
魚住 それは素晴らしいですね。ところで、この本には「学習物理学」という、機械学習と物理学を融合させた新しい分野に取り組まれているとあります。物理学にもAIを活用するんですね。
橋本 AIを物理学に組み入れるのには2つ意味があります。1つはAIという超天才と一緒に作業して、宇宙の問題を解明していく。これはとても期待ができます。もう1つはAI自体の解明です。実は「生成AI」は物理学の原理で作ったものなんですよ。
魚住 えっ! それはすごいですね。
橋本 「生成AI」は、存在しないセレブリティの顔写真をどんどん生成して一躍有名になったのですが、その原理は「熱いものは全部冷たい方に広がる」という拡散方程式を逆回しする技術からできたんです。
魚住 例えば大谷翔平さんが打ったボールがどこに落ちるか、「生成AI」を使えば打った時にわかるんですね。
橋本 そういうことです。ChatGPTも情報を入れると、ある方程式で次の単語を予測します。物理学の原理を最大限使っていることから、AIや人間を対象とした物理学はとても面白いです。これからこの分野の研究は、さらに進むと思います。
魚住 脳科学にも物理学は関係していますか?
橋本 はい。前世紀、ニューロン(脳の神経細胞)を原子だと思って方程式を書いてコンピュータープログラミングに移したのがAIの始まりです。
魚住 物理学は色々なところに貢献しているんですね。最後に読者に応用できそうな、物理学的な考え方を教えてください。
橋本 この本に書いているように、僕は科学の手法を生活にも応用しています。例えば職場で発生した問題を解決したい時、問題の中に自分の専門性をどこに発揮できるかという抽出を行って、その部分の問題の解決方法をチームに提案してみるといいでしょう。その際、自分はこの部分についての専門性にはコミットしますけれども、それ以外のところには責任を持ちません。みんなの責任です、という姿勢でいることが大事です。全部の責任を持とうとすると、絶対に解決しませんので。
魚住 自分の得意なところで勝負して、そこだけにコミットするんですね。
橋本 そうです。それから人間関係の調整にはタッチしないこと(笑)。その人の深い専門性のところで繫がってる人だけをきちんと信頼して、一緒に仕事をするといいかもしれませんね。
魚住 失敗を誉め合えるような職場にできるといいですね。先生のお話でとても物理の世界が身近に感じられました。
橋本 それはとてもうれしいです。この本をきっかけに、一人でも多くの人が物理を身近に感じてもらえたらうれしいです。
ゲスト:橋本幸士(はしもと・こうじ)京都大学大学院理学研究科教授。「学習物理学」領域代表。1973年生まれ、大阪育ち。専門は素粒子論(弦理論)。京都大学で理学博士を取得後、カリフォルニア大学サンタバーバラ校理論物理学研究所、東京大学、理化学研究所、大阪大学を経て現職。映画「シン・ウルトラマン」の物理学監修など、物理学とメディアや芸術を融合する試みも行っている。
聞き手:魚住りえ(うおずみ・りえ)大阪府生まれ、広島県育ち。慶應義塾大学文学部卒。1995年、日本テレビにアナウンサーとして入社。報道、バラエティー、情報番組などで幅広く活躍。04年に独立し、フリーアナウンサーとして芸能活動をスタート。30年にわたるアナウンスメント技術を生かした「魚住式スピーチメソッド」を確立し、現在はボイス・スピーチデザイナーとしても活躍中。