政治

“全世界からタブー視される”国際ニュースに潜む怪人列伝〈北朝鮮「ミサイル3人組」〉

 北朝鮮がミサイルを発射しても、最近は驚かなくなった方も多いのではないか。10月31日もそうだった。北朝鮮が発射した弾道ミサイルは日本海に落下した。当日と翌日はニュースにもなったが、パタリと報道は止んでしまった。

 しかし、北朝鮮ウオッチャーの間では、たいへん注目された重大事案だった。この日に発射されたミサイルは新型の固体燃料型ミサイル「火星19」で、これまでのミサイルで最長の射程を持つものだったからだ。米国本土はおろか地球のウラ側まで届くミサイルなのだが、本当の狙いは射程ではあるまい。北朝鮮はすでに米本土に届く「火星17」「火星18」を持っており、よりパワーアップしたのは、1発のミサイルに複数の弾頭を載せる多弾頭化を目指したからと見られる。

 この火星19を含め、北朝鮮の軍事技術開発のスピードはすさまじい。金正恩は21年1月に「国防5カ年計画」を発表。そこには、小型核弾頭搭載の戦術弾道ミサイル、巡航ミサイル、多弾頭ミサイル、固体燃料型ICBM(大陸間弾道ミサイル)、超大型の核弾頭、各種無人機、水中発射核ミサイル、核魚雷、原子力潜水艦、偵察衛星、それに敵のミサイル防衛をかいくぐる極超音速滑空体(滑空弾頭)など、これまで保有していない兵器が列挙されていた。それぞれ新規の技術が必要なため、簡単には保有できないと見られていたが、北朝鮮は短期間でほとんどを実現した。現在、未完なのは多弾頭と原潜ぐらいのものだ。

 中でも注目すべきは、やはりミサイルだ。北朝鮮はもともと即応力に欠ける液体燃料型のものを中心に開発してきた。つまり、固体燃料型エンジンの技術を持っていなかったのだ。初の固体燃料型ICBM「火星18」の発射実験をようやく昨年4月と7月に成功させると、わずか1年程で今回の火星19である。さらに北朝鮮は今年4月に迎撃を回避する滑空弾頭を搭載した新型の固体燃料型中距離弾道ミサイル「火星16B」の発射に成功。前述した戦術核ミサイルや巡航ミサイルを含め、驚異的な開発速度と言っていいだろう。

 北朝鮮軍は現在、ロシアに非公式に派遣されて対ウクライナ戦に投入されていることが大きく注目されているが、実は昨年夏より北朝鮮製の短距離弾道ミサイルもロシアに提供されており、すでに実戦に使用されている。そんな中、北朝鮮軍のミサイル開発を指揮する人物の存在感が大きくなっている。金正植・朝鮮労働党軍需工業部第1副部長だ。10月23日、北朝鮮メディアが核ミサイル基地を視察する金正恩の記事を掲載したが、その傍で付き従っていた人物が金正植だ。彼は昨年9月に金正恩がロシアを訪問して宇宙基地を視察した際にも同行し、今年8月には北朝鮮製ミサイルを使用するロシア軍の最前線も視察している。

 金正植は年齢不詳。もともと衛星開発の科学者で、そこからミサイル開発部門に転じ、15年に核ミサイル計画を進める戦略軍司令官に。16年に新兵器計画全体を統括する党軍需工業部の副部長、第1副部長に昇進した。実質的な現場責任者と言える。

 この金正植と同様に、昨年9月の金正恩のロシア訪問に同行した北朝鮮のミサイル開発関係者が他に2人いた。北朝鮮ウオッチャー界隈では、合わせて「ミサイル3人組」と呼ばれており、北朝鮮の近年の核ミサイル戦力の驚異的な強化は彼らの実績と見られている。その2人とは、李炳哲・党中央軍事委員会副委員長と張昌河・国防科学院長だ。

 李炳哲は1948年生まれ。もともとエリート軍人で、空軍司令官を経て14年に党軍需工業部副部長、翌年に第1副部長となり、ミサイル開発を担当。19年に党軍需工業部長、20年に党中央軍事委員会副委員長および政治局常務委員に就任する。党中央軍事副委員長は、委員長の金正恩に次ぐ地位で、北朝鮮軍部の序列ではトップである。前出の金正植・党軍需工業部第1副部長がミサイル開発の現場指揮官なら、李炳哲は、その上司の統括責任者と言える。

 もう1人の張昌河・国防科学院長も年齢不詳。もともと軍の科学分野の出身で、自身がミサイル科学者だと見られている。空軍司令官を経て国防科学院長に就任。金正恩体制で核・ミサイル開発の科学研究部門を牽引した。金正恩が視察するミサイル発射実験ではほぼ毎回、同行している。国防科学院長と並行して、ミサイル総局長兼党軍需工業部副部長でもある。

 以上の3人が北朝鮮のミサイル開発の立役者だが、もう1人、軍の技術開発で大きな役割を果たしている人物がいる。趙春龍・党軍需工業部長だ。このポストはもちろん金正植・第1副部長の上司になる。つまり、趙春龍は軍部トップの李炳哲と連携して軍需工業を統括し、金正植率いる新兵器開発部門を盛り立てているという構図だろう。

 趙春龍も年齢不詳。経歴も多くは明らかになっていない。ミサイル開発部門歴が長いと見られ、党軍需工業部で軍需産業を統括する第二経済委員会での勤務歴があるとされている。同委員会の副委員長を経て委員長となり、22年に党軍需工業部長に就任している。その後、党書記および党政治局員にもなっており、現在の金正恩体制内での地位が大きく上がっている。

 この4人が現在のミサイル開発を主導していると言っていいが、他にも全日好・党軍需工業部副部長という人物がいる。金正恩の側近として知られるが、謎が多く、詳細は不明である。

 北朝鮮は金正恩の個人独裁の国家で、偉いのは金正恩ただ1人である。他に身分が安泰なのは、せいぜい実妹の金与正か、まだ12歳とされる実娘の金ジュエくらいだろう。その他は軍や党の幹部を含めて全国民が金王朝の奴隷のようなものだ。

 だが、金正恩1人では核ミサイルは作れない。そして、奴隷をただコキ使うだけでも開発は進まないだろう。あまり国際ニュースの表舞台には登場しない彼ら側近たちがいて初めて、こうした軍備を構築できる。その点、あえて失敗を恐れずに研究・開発に邁進する「チーム」を成立させてきた金正恩のリーダーシップについて、決して褒める気はないが、侮ってばかりもいられないのだ。

黒井文太郎(くろい・ぶんたろう)1963年福島県生まれ。大学卒業後、講談社、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールドインテリジェンス」編集長を経て軍事ジャーナリストに。近著は「工作・謀略の国際政治」(ワニブックス)

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