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プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈バースが王に並んだ日本記録「7試合連続本塁打」〉

 5万人の大観衆は確かに「ガツーン」という衝撃音を聞いた。打球を追った。

 阪神の4番、ランディ・バースの白球は、後楽園球場右翼席に設置された看板を越えて場外へ消えた。

 マウンドでは巨人のエース・江川卓が、右手を腰に当て上空をにらんでいた。

 1986年6月26日、後楽園球場での巨人対阪神12回戦の8回表、日本球界の歴史的瞬間が生まれた。

阪 1 0 0 0 1 2 1 1 0=6

巨 0 0 0 2 3 0 0 0 0=5

 試合前、セ・リーグは王貞治率いる巨人が首位に立っていたが、阿南準郎が指揮を執る2位広島とは0.5ゲーム差だった。阪神は3位ながら2強に引き離されていた。

 2強の動向よりも、この試合の最大の焦点は、バースの7試合連続本塁打が出るかどうかだった。

 連続試合本塁打の日本記録は、対戦相手となる巨人の監督・王が現役時代の72年に記録した7試合だった。

 バースは同年、6月18日のヤクルト戦で高野光から16号を放って以来、王の記録に迫っていた。

 江川は逃げなかった。第4打席までバースに2安打されていた。そして同点で迎えた8回2死無走者、第5打席だった。

 バースは初球、内角高めの真っすぐを打ち損なってファウル、2球目は内角に甘めの真っすぐがきた。同じ過ちを繰り返さない。推定150メートルの決勝弾は、後楽園球場最長本塁打となった。

 バースは叫んだ。

「グレ―ト!」

 そして、江川に称賛の言葉を贈った。

「彼は常に打者からアウトを取ろうと正面から向かってくる。だから、オレは真っ向から向かっていった」

 さらにこう続けた。

 「オレは江川を尊敬する」

 江川は何を聞かれても「‥‥」。口をつぐんだままだった。

 巨人は広島が勝ったため、首位から陥落した。目の前で自分の記録に並ばれた王がコメントした。

「あそこで打てるのは大したものだ。みんなが期待している中だからね」

 前年の85年は、阪神ファンにとって絶対に忘れられない年である。21年ぶりにリーグ優勝を果たし、西武との日本シリーズも制した。

 阪神ファンを歓喜に導いた立役者はバースだった。83年に米レンジャーズから阪神に入団。当初はそれほど期待されなかったが、その実力を日本で開花させた。85年に三冠王に輝いた。同年はさらなる大記録にも挑戦した。王が64年に達成した55号本塁打の日本記録だ。

 バースは打ちまくって、最後の2試合を残す段階で54本となった。しかし残りの2試合は、その王が監督を務める巨人だった。

1985年10月22日・阪神対巨人25回戦(甲子園)

巨 0 0 0 0 0 2 0 0 0=2

阪 0 1 0 0 4 0 0 0 ×=5

 巨人の先発は江川だ。打たれて7敗目を喫したが、バースには真っ向勝負だ。

 江川は第1、2打席を外角で攻めて1安打、1四球。これだけだと勝負を嫌ったと思われてしまうが、第3打席では、裏をかいて内角速球で打ち取った。

 だが、24日の後楽園での最終戦で、巨人投手陣はバースに対して1安打、敬遠の4四球、55号はならず。

 王は「別に敬遠を指示したわけではない」と話したが、投手たちが監督の大記録に並ばれるのを避けたのは明らかだった。

 バースは「ここは日本だから仕方ない」としながらも「巨人の投手でまともにぶつかってきたのは江川だけ」と語った。

 ファン不在のタイトル争いが繰り返されていた。82年は中日が横浜大洋(現DeNA)を下して優勝を手にした。同時に大洋・長崎啓二と中日・田尾安志の壮絶な首位打者争いの決着戦もあった。

 この試合の前まで長崎は9毛差でトップ。スタメンに名前はない。大洋投手陣は田尾に徹底した敬遠策である。田尾は前2試合で8打数6安打と猛追していた。

 5打席連続敬遠。田尾はボール球をあえて空振りした。スタンドはブーイングの嵐だ。長崎は首位打者となった。84年、セ・リーグの本塁打王は阪神・掛布雅之と中日・宇野勝の争いとなり、残り2試合は直接対決で両者は37本で並んでいた。10月3日のナゴヤ球場は四球合戦で始まった。ともに5連続敬遠で、しかも宇野の第5打席は2死満塁だったが、阪神は当然のように敬遠して1点を与えた。

 さすがにセ・リーグの鈴木龍二会長は「ファンを無視した作為的なプレーをやめるように」と警告を発した。

 両球団は無視した。2日後の甲子園で同じ光景が繰り返された。10打席連続四球の日本記録が生まれ、2人はタイトルを分け合った。

 江川は後にバースの7試合連続本塁打の裏話を明かしている。

 試合前、捕手の山倉和博がマウンドに来てこう言ったという。

「全部敬遠してくれ」

 誰かはわからないが、山倉に指示が出ていたのだった。

 江川は山倉に「嫌だ。全部勝負する。抑える。うるさい」と伝えた。忖度はない。闘争本能があった。

 試合後は誰からも文句はなかったという。しかし「(チームの)ムードはシーンとしていた」と振り返っている。

 だが、ファンが望んだのは敬遠ではなく、真剣勝負だったのは明白だった。

 王、バースの7試合連続本塁打は現在も日本記録だ。バースは86年も三冠王を獲得し、88年に途中退団した。

 阪神球団史上最高の助っ人、今でもファンは「神様、仏様、バース様」と呼ぶ。

(敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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