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プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈近鉄・北川博敏の「優勝決定代打逆転サヨナラ満塁ホームラン」〉

 リーグ優勝を決めたその一発は、20年以上過ぎても語り草になっている。

 2001年9月26日の大阪ドーム、近鉄はリーグ優勝まであと1勝としてオリックス戦に臨んでいた。

 この試合で、メジャー史にもないNPB史上初の劇的弾が生まれた。

 北川博敏、29歳の優勝決定代打逆転サヨナラ満塁本塁打である。

 オ 0 0 0 3 1 0 0 0 1=5

 近 1 0 0 0 0 0 1 0 4=6

 3点を追った近鉄は9回、先頭の吉岡雄二が左翼に弾き返すと、続く川口憲史が一塁線を破って二、三塁となった。続くショーン・ギルバートの代打・益田大介が粘って四球を選び、3個の塁が埋まった。

 試合は序盤から近鉄の劣勢だった。1回、中村紀洋の適時打で先手を取ったが、4回に失策が絡んで3点を失った。

 5回にも1点の追加点を許した。7回に川口のソロで追い上げる姿勢を見せたものの、オリックスは8回に切り札・大久保勝信を投入した。しかも9回には岡本晃が相川良太に致命的な一発を浴びていた。

 3点差、勝利は限りなく難しかった。 監督・梨田昌孝は古久保健二の代打に迷うことなく北川の名を告げた。打撃コーチの真弓明信が「思い切って行け」とアドバイスを送った。

 初球の外角スライダーに手が出ず1ストライク、2球目内角直球をファウル、3球目の外角スライダーを見極めてカウントは1‐2となった。「併殺だけはダメだ」と念じた。4球目は甘く入ったスライダー、振り抜いた。打球はものすごい勢いでバックスクリーン左に消えた。

 約4万8000人を飲み込んだ大阪ドームが揺れた。興奮の頂点に達した。近鉄ベンチが空っぽになった。

 北川はお立ち台の上でこうまくし立てた。

「最高の場面で打つことを夢見てたけど、自分でも信じられない。ホームランを打ったことさえわからない」

 この時点で代打満塁サヨナラ本塁打の記録を持つ選手は5人いた。

 56年・樋笠一夫(巨人)、同年・藤村富美男(阪神)、71年・広野功(巨人)、84年・柳原隆弘(近鉄)、88年・藤田浩雅(阪急)である。北川は6人目だ。

 いわゆる「釣銭なし」、逆転本塁打によってムダのない1点差で勝利したケースで見ると、それまでは樋笠だけであった。

 北川の場合はこれに「優勝決定」の冠が付く。世界でただ1つの快挙だ。

 パ・リーグ初、前年度最下位からのⅤだった。梨田監督は後に、「あそこは北川しかいなかった。アイツは持っている」と振り返っている。

 大宮東から日大を経て94年にドラフト2位で阪神に入団した。

 00年オフ、半人前扱いされていた阪神から3対3のトレードで移籍した。指揮を執っていたのは野村克也だった。捕手としての評価が厳しかった。

 2軍暮らしが長かったが、環境が変わり心機一転、プロ7年目で充実のシーズンを迎えた。

 開幕から1軍に定着した。5月27 日のオリックス戦で、生涯初のサヨナラ打を放つと涙を流した。6月9日の日本ハム戦でもサヨナラ打を放っていた。

 近鉄は9月24日の西武戦(大阪ドーム)で、中村紀洋の逆転サヨナラ2ランによって優勝マジックを1とした。

 北川は2点を追った9回、代打として1点差に迫る本塁打を放っている。

 西 0 0 3 0 1 0 0 1 1=6

 近 0 0 0 2 1 1 0 0 3=7

 サヨナラのお膳立てをしていた北川が、今度は歴史的なヒーローとなった。梨田が言う、大きな何かを「持っている」のだ。

 同年の近鉄を引っ張ったのは「いてまえ打線」である。大阪弁で「やっちまえ」を意味し、最強打線の雰囲気と地域性を同時に表していた。

 チーム防御率4.98はリーグワーストながら、チーム打率は2割8分とトップ、本塁打211本もリーグ最多だった。770得点もリーグトップだった。

 中軸が凄かった。3番のタフィ・ローズは55本塁打で本塁打王を獲得し、打率3割2分7厘、131打点と大暴れした。

 4番の中村は打率3割2分、ローズよりも1打点多い132打点で打点王、5番の礒部公一は打率3割2分、17本塁打だったが、95打点を挙げた。

 核弾頭の大村直之が1番打者としては多い16本塁打、2番の水口栄二は打率2割9分、出塁率・3割8分4厘と高かった。

 下位打線にも吉岡、川口と打力のある選手が揃っていた。

 北川は捕手だけではなく、一塁での起用が多かった。打力を買われての移籍であり、「いてまえ」が水に合っていた。

 オリックスの監督は仰木彬だった。梨田とは近鉄時代の師弟関係である。試合前、2人はゲージ裏で談笑。仰木は今季限りの退団を告げていた。

 その2人にしても、直後のゲームでこれほどのドラマが生まれるとは頭の片隅にもなかったろう。

 近鉄は12年ぶりのリーグ制覇を果たしたが、日本シリーズでは若松勉率いるヤクルトに1勝4敗で敗れた。

 29歳だった北川は「一発屋」で終わることなく、40歳まで現役を続行した。

 12年の引退後はオリックス、ヤクルトの2軍コーチなどを経て、現在は阪神の2軍で若手を育てている。

 代打逆転サヨナラ満塁本塁打はその後、同じ01年の4日後に藤井康雄(オリックス)が釣銭なしで、11年には巨人の長野久義がマークしているが、もちろんトップに「優勝決定」の冠はつかない。

 4年後の球界再編を受けて、近鉄優勝はこれが最後になった。

(敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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