「観光消滅 観光立国の実像と虚像」佐滝剛弘/990円・中公新書ラクレ
今年のインバウンドは約3700万人と史上最高に達しそうだ。しかし、京都など観光地の大混雑、ホテルの高騰など各地で弊害が噴出している。「オーバーツーリズム」の対策は? 観光学の第一人者・佐滝剛弘氏が秘策を語る。
名越 今、インバウンドによるオーバーツーリズム(観光地にキャパシティー以上の観光客が押し寄せること)が問題になっています。この本を読むと、観光の視点から格差など、日本の深刻な社会問題を全部網羅しているな、と感じました。「インバウン丼」の実態もよくわかりました。
佐滝 今の築地場外市場は外国人ばかりで「インバウン丼」のような高いメニューしかありません。6種類ぐらいのウニが乗った一杯で2万円のうに丼があるんですけど、日本人はまず食べないわけですよ。1串6000円するステーキ串に、さらにウニが乗っているメニューもありますが、ステーキにウニを乗せて食べる食文化は、日本にはありません。外国人向けに高級食材をセットにして「これが日本料理です」と提供しているんです。
名越 確かに日本人はまず食べませんね。ホテルも値段の高騰で日本人が泊まれないなど、格差の問題が相当に影響しているように思います。
佐滝 はい。例えばディズニーランドでいうと、ここでも格差社会は広がっています。かつては誰でも行けて家族で楽しめる場所でしたが、おいそれとは行けなくなりました。今、4人家族で地方から泊まりがけで遊びに行ったら総額で数十万円かかります。
名越 ということは、もうディズニーランドはお金のない人は行きづらいということですね。
佐滝 入場料もレストランの値段も上がっています。並ばずにアトラクションで遊べる「ファストパス」も昔は無料のパスがあったんですけど、ほとんど有料に変わってしまいました。
名越 ディズニーランドに貧乏人は来るな、という方針に変わったんですか。
佐滝 もちろん、運営するオリエンタルランドは公的には言っていませんが、どう見てもそうなっています。夢の国は本当の意味で夢の国になってしまいました(笑)。
名越 観光地のホテルの宿泊料も高騰していますが、インバウンドの富裕層向けの外資系高級ホテルも増えているんですね。
佐滝 国内各地の国立公園内に富裕層向けのホテルを建てる話が政府から出ています。国は「観光立国」を目指して、海外からたくさんの人に来てほしいようですが、実際は人というよりお財布を当てにして経済効果ばかり狙っているように見えます。
名越 京都市はインバウンドで大混雑していますが、財政状況が悪化するなど、実はあまり儲かっていないそうですね。
佐滝 ここ10年で、京都に増えたのは外資系ホテルばかり。利益は京都ではなく、香港やフランスなどの本国に流れるので、経済的に京都は潤わないんです。
名越 海外では観光客と現地の人で差のある、二重価格を設定している施設もありますが、日本での導入は問題もあるそうですね。
佐滝 日本で働いている外国人もいますから。彼らと観光客をどうやって判別するのかなど、解決しなければならない課題は山積みだと思います。
ゲスト:佐滝剛弘(さたき・よしひろ)1960年、愛知県生まれ。東京大学教養学部卒。NHKディレクターとして「クローズアップ現代」などの番組制作に携わったのち、高崎経済大学、京都光華女子大学を経て、城西国際大学観光学部教授。「『世界遺産』の真実 過剰な期待、大いなる誤解」「観光公害 インバウンド4000万人時代の副作用」など著書多数。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。