名越 佐滝さんはNHKのご出身なんですよね。何を担当されていたんですか。
佐滝 ディレクターで「クローズアップ現代」などの番組制作に携わっていました。
名越 今は城西国際大学観光学部教授ですが、観光の仕事に就かれたことはありますか。
佐滝 ありません。観光は100%趣味です。旅行が誰よりも好きだという自信はありますが。
名越 教壇に立たれるきっかけは何だったんですか。
佐滝 定年間近になって第二の人生を考えていた時に、ふと考えたら大好きな旅行が趣味レベルを超えているのではないかと気づきました。日本の研究者で世界遺産を最も多く巡ったのは、おそらく自分だと自負しています。これなら大学で教えられるくらい経験も知識もあると思いました。
名越 これまでに、いくつの世界遺産を巡られたんですか。
佐滝 約500件です。世界遺産の総数は現在およそ1200件なので、半分弱は行きました。
名越 確かに趣味のレベルを超えていますね。ところで、外国人に人気がある日本の旅ルートを教えてください。
佐滝 まず、東京から富士山や伊勢神宮に寄って、京都・大阪に行く旅が黄金ルートで、少し足を延ばして広島に行くのも人気です。もう一つは、名古屋から北陸まで北上するドラゴンルート。行程を地図上でたどると、龍が昇っていくように見えるのが名称の由来です。飛驒高山や白川郷も立ち寄れます。
名越 日本の古い景色が好きな外国人観光客も多いそうですね。
佐滝 和歌山県などにある世界遺産・熊野古道は海外の人にも人気があります。平安時代、京都の貴族が熊野詣で通った山道をたどるんですが、単なる物見遊山ではなく、自然と対話しながら思索のできる道ですあとは、四国八十八カ所霊場を巡礼する外国人観光客もたくさんいます。全部歩いて回ると1カ月はかかりますが、彼らは長期休暇を取って参加するそうです。
名越 本に書かれてあった青森の「ランプの宿・青荷温泉」もインバウンドから支持されていますね。
佐滝 宿はすごく不便な場所にあるので、昔はいつ行っても静かでした。ところが、SNSで拡散されて、最近は客の8割くらいは外国人です。部屋はランプだけで暗くてテレビもないし、電波が届かないのでスマホも使えません。そういう異文化体験が世界から注目されているのでしょう。
ゲスト:佐滝剛弘(さたき・よしひろ)1960年、愛知県生まれ。東京大学教養学部卒。NHKディレクターとして「クローズアップ現代」などの番組制作に携わったのち、高崎経済大学、京都光華女子大学を経て、城西国際大学観光学部教授。「『世界遺産』の真実 過剰な期待、大いなる誤解」「観光公害 インバウンド4000万人時代の副作用」など著書多数。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。