「グローバルサウスの地政学」宮家邦彦/1034円・中公新書ラクレ
「グローバルサウス」が注目を集めている。国際社会での発言力を高める彼らは、次の大国とも呼ばれるが、果たして彼らは日本の敵か味方か。キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問の宮家邦彦氏が、その動向を明らかにする。
名越 8月に出版された「気をつけろ、トランプの復讐が始まる』(PHP新書)も読ませていただきましたが、すでにトランプさんの当選を見越していた。さすがアメリカ外交の専門家だと感心しました。本書も読み応えがありましたが、米国が専門の宮家さんがグローバルサウス(南半球に位置するアジアやアフリカ、中南米地域の新興国・途上国の総称。以下GS)の本を書いたのはやや意外でした。
宮家 出版社から依頼がきた時は私も戸惑ったのですが、改めて調べてみると、知れば知るほど興味が出てきました。しかも、既出の「GS関連本」には正しくない認識も目立つ。これなら自分でも書けるのではないかと思いました。
名越 GSといえば、経済ばかりが注目されますけど、本書は文化や宗教まで取り上げているのが特徴です。しかも、それぞれの特徴を見ていくと、各国がバラバラな関係なこともわかりました。
宮家 GSという言葉は1969年に、ある学者が使ったのが最初と言われています。その後、長年忘れられていましたが、ここにきて誰かが都合よく使い始めて広まっただけです。途上国であること以外に共通点があるわけではありません。
名越 ただ、彼らが力を持ち始めているのは間違いない。プーチンはGS諸国をうまく活用しているように見えます。「欧米が作った秩序は時代遅れだ。BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ共和国、アラブ首長国連邦、イラン、エチオピア、エジプトによる国際会議)やGSと、新しい国際秩序を作る必要がある。ウクライナはそのための戦いだ」と言っています。
宮家 開戦時は、ネオナチを叩き潰すと言っていたため、国際社会から賛同が得られませんでした。そこで、旧ソ連的な民族解放闘争的なロジックを持ち出したとたんに支持が広がった。知恵者がいたのでしょう。
名越 中国もアフリカ中心にGSへの関与を強めています。
宮家 ただ、中国は本気で援助しようという意識はありません。彼らの頭の99%は、中国がいかにアメリカと対等のパワーを持つか、認めさせるかだけ。ただ、単独では勝ち目がない。そこで、途上国を自分のチームに引き込んでいる。そこに愛情は感じられません。
名越 本書ではロシアや中国などの大国に加えて、中南米、アジア、中東、アフリカなどのGS国も個別分析していますが、インドのポテンシャルを評価していると感じました。
宮家 人口も増えるし意欲もある。何より中国ほど質が悪くない。今後ますます力をつけるでしょう。
名越 アジアではタイやシンガポールではなく、インドネシアに期待しているようですね。
宮家 はい。タイは民主化したものの迷走が収まらないし、シンガポールは国土が狭すぎる。フィリピンはアメリカとスペインの元植民地という負の遺産で今も不安定です。人口の多いインドネシアは、日本以上に多くの島からできているにもかかわらず、民主主義が機能している。それだけで評価できると思います。
名越 日本はGSとうまくつきあえるでしょうか。
宮家 今、日本で流行っている「グローバルサウスと寄り添いましょう」のような意見に、私は懸念を抱いています。彼らが目指しているのは、第二次大戦後に確立した西側諸国中心の金融、貿易秩序への挑戦です。「IMF(国際通貨基金」への拠出割合の見直しを迫っているのはその象徴です。それは、日本の発言力が弱くなるのと同じことを意味します。冷静に考えるべきです。
ゲスト:宮家邦彦(みやけ・くにひこ)神奈川県生まれ、東京大学法学部卒業。78年外務省入省後、中近東第一課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、在イラク大使館公使、中東アフリカ局参事官などを経て、05年、外務省退職。外交政策研究所代表に就任。06~07年、安倍内閣で公邸連絡調整官、菅、岸田内閣で内閣官房参与(外交)。立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。