名越 紛争激化で中東が注目を集めています。安定成長するには時間がかかる気がします。
宮家 今回、シリアのアサド政権があっけなく崩壊しました。軍が自滅したわけですが、シリアが弱体化した隙に、支援していたロシアとイランが、トルコとイスラエルにしてやられたわけです。背後にはアメリカがいるわけですが、これで恐ろしいゲームチェンジが起こると感じています。
名越 元々危うかった中東のバランスが崩れるということですか。
宮家 特に要警戒なのがイランです。これまではヒズボラやハマスで代理戦争をすることで、自国の安全保障を維持してきたのですが、シリアという抑止力がなくなってしまったことで、完全に孤立してしまった。後は核兵器しか自分を守るものがないわけです。
名越 当然、イスラエルは黙っていないでしょう。一歩間違えば大戦争にも進みかねない。
宮家 それを世界がいかに食い止めるかが25年の大きなポイントになります。
名越 イランで反イスラム革命に動く可能性はありませんか。
宮家 イランの若者が現状に辟易しているのは間違いありません。アメリカもそれを画策している。でも、イランのイスラム法学者はしたたかです。何とか生き長らえようとしてくるのではないでしょうか。
名越 トランプはウクライナと中東を解決して、ノーベル平和賞を狙っているそうですが、イスラエルを支持しながら中東を安定化する方法はありますか。
宮家 できないし、そのつもりもないと私は思っています。トランプの安全保障のスタンスは「新モンロー主義」(1823年、モンロー大統領が発表した外交政策)というのが私の見立てです。彼はビジネスマンですから、中東や欧州の争いはバカげていると思っているはずですが、現実に紛争が起きている以上、無視はできない。そこで、中東はイスラエルとサウジアラビア、欧州はドイツとフランス、アジアは日本とオーストラリアに任せて、アメリカの介入は最小限に止めるでしょう。
名越 そうなると、中東はイスラエルの1人勝ちですね。
宮家 首相のネタニヤフはトランプが勝てば形勢が自分に有利になるのを待っていたわけです。実際、その通りになった。高笑いしているはずですよ。
名越 トランプがノーベル賞を取るには、ウクライナの解決が必要ですが、それも簡単じゃないですね。
宮家 24時間で終わらせるとも言ったそうですが、24年の間違いじゃないでしょうか(笑)。陸上国境の争いはゼロサムゲームですから、お互い簡単には引き下がれません。クリミア危機も14年から続いています。停戦しても、ロシアは戦いをやめないでしょう。
ゲスト:宮家邦彦(みやけ・くにひこ)神奈川県生まれ、東京大学法学部卒業。78年外務省入省後、中近東第一課長、日米安全保障条約課長、在中国大使館公使、在イラク大使館公使、中東アフリカ局参事官などを経て、05年、外務省退職。外交政策研究所代表に就任。06~07年、安倍内閣で公邸連絡調整官、菅、岸田内閣で内閣官房参与(外交)。立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所理事・特別顧問。
聞き手:名越健郎(なごし・けんろう)拓殖大学特任教授。1953年岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒業。時事通信社に入社。モスクワ支局長、ワシントン支局長、外信部長などを経て退職。拓殖大学海外事情研究所教授を経て現職。ロシアに精通し、ロシア政治ウオッチャーとして活躍する。著書に「秘密資金の戦後政党史」(新潮選書)、「独裁者プーチン」(文春新書)など。