トンデモ人材が続々と登場しているトランプ人事だが、ここに来てさらにパワーアップした怪人物の高官指名が確定した。
「FBI(連邦捜査局)をぶっ壊す!」(どっかで似たようなセリフを聞いたことあるよね‥‥)と叫んできた法律家のカシュ・パテルが、なんと次期FBI長官に指名されたのだ。
トランプがこんなブッ飛んだ人物を登用するのは、現在のFBI上層部を敵視しているからである。思い出してほしい。トランプは1期目の大統領を退いた後、以下の4件の罪状で訴追された。
① 選挙戦時に不倫相手に口止め料を払ったとの疑惑が浮上した際に「弁護士費用だった」と弁明したのだが、それが業務記録の改竄と指摘された。
② 20年の大統領選でジョージア州の集票結果をひっくり返そうと、不正な介入をした。
③ 同じく20年の大統領選挙で、バイデン勝利をひっくり返そうと「選挙は不正だった」と虚偽の情報を拡散し、支持者を扇動。国家を欺いた。
④ 第1期政権の退任時に機密文書を個人的に持ち出して、知人に見せびらかした。
結局、今回のトランプ当選で、すべての審理が中止になった。いわば、トランプが逃げ切った格好だ。そうなると彼の性格上、復讐しないわけがない。自分の訴追に関わった司法関係者を一掃しようというのだが、そこで司法長官とFBI長官の人事が注目されることに。人事権を持つトップに自身の子分を据えれば、すぐに復讐が完遂するというわけだ。
司法長官のほうは当初、政界におけるトランプの子分であるマット・ゲーツ前下院議員を指名しようとした。が、未成年買春を含む下半身疑惑と麻薬疑惑がネックになり、いわゆる「身体検査」で議会承認が無理だろうとなって途中で諦め、代わりに自身の弾劾裁判で弁護人を務めた元フロリダ州司法長官のパム・ボンディを指名した。誰がなろうが、次期司法長官は司法界の反トランプ派追放の指揮をとることに変わりはない。
次いで注目されたFBI長官人事だが、そこで登場したのが、前述のカシュ・パテルだ。1980年生まれの44歳。両親は東アフリカ出身のインド系で、カナダ経由で米国市民になった移民の家庭だった。宗派はヒンズー教である。リッチモンド大学卒業後、ニューヨークのペース大学ロースクールで法学博士号を取得。20代半ばでフロリダ州に移住して公選弁護人となり、8年間務めた。フロリダという場所柄、クライアントの多くは国際的麻薬密売や銃器密売、殺人などの重罪犯だった。とはいえ若手弁護士として、ここまでは普通の人生だった。
政治的なポジションに転向するきっかけは、14年に司法省国家安全保障局(国防総省の情報機関「国家安全保障局」とは別の組織)の法律担当として採用され、軍の特殊作戦を統括する米軍統合特殊作戦司令部との法務連絡担当となったことだ。同司令部は軍の秘密作戦を指揮しており、その過程で米国内法との調整が必要になる。そのため、司法省の担当者は職務上、米軍の秘密工作の詳細を知りうる。そこでの仕事を認められ、17年に下院情報委員会委員長の上級補佐官に抜擢された。30代半ばにして、ワシントンでの大出世と言っていいだろう。
パテルはその立場で、16年の大統領選挙でのロシアによる干渉という疑惑に対する調査を担当した。彼は共和党議員の補佐官なので、トランプへの疑惑追及に反対する側での役割だ。さっそく彼はFBIの捜査に対する針小棒大な批判を主導。委員会では批判を浴びたが、トランプ陣営では英雄扱いされた。
パテルはそれを機に、トランプ陣営に深く入り込んでいく。19年、短期間だが下院改革監視委員会の上級法律担当を務めた後、トランプ政権の中枢であるホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)に上級幹部として迎え入れられた。
彼はもともと国家安全保障に精通しているわけではなかったが、トランプに個人的に気に入られており、中東のテロ対策やウクライナ対策などに関与し、発言する権限を持った。パテルは、これらの外交安全保障問題に関する素人考えの助言を直接、トランプに報告。トランプはNSCの専門家による報告より、パテルのテキトーな報告を好んだ。
すっかりトランプのお気に入りとなったパテルは、20年2月に国家情報長官の首席副官に登用され、さらに政権末期の同年11月にトランプがエスパー国防長官を解任した際に、新たに就任した国防長官代行の首席補佐官に大抜擢される。ちなみに、この時のエスパー解任は、米国全土で広がっていた黒人差別反対運動を鎮圧する口実でトランプが軍をワシントンに展開させようとしたことに反対したからである。ただし、ちょうど大統領選で敗戦が明らかになった時期だったため、トランプが実力で選挙無効を狙ったものとワシントンでは噂になった。
いずれにせよ、パテルは第1期トランプ政権時代の最後の3カ月間、国防総省で最も影響力のある人物だった。もちろん、単にトランプ個人に気に入られていたからだったが‥‥。
実はトランプは第1期政権の最末期の21年1月に、パテルをFBIかCIA(中央情報局)の長官に就任させることを提案していた。だが、各方面からの抵抗が大きく、そこでトランプは彼をワンランク落としてCIA副長官に任命する予定だった。ところが、これもペンス副大統領によって阻止された。
バイデン政権時代、パテルはトランプの有力な支持者となり、特に「ディープステート陰謀論」(米国は政府以上のウラ権力を持つリベラル層の闇の集団に支配されているという陰謀論)の提唱者として知られた。Qアノンの信奉者でもあり、「トランプが負けた20年選挙も陰謀で、FBIもグルだ」と主張し、果てはFBI不要論まで語っている。
次期長官に指名されたパテルはさっそく「長官に就任したら、翌日にはFBI本部を閉鎖し、建物はディープステート博物館として公開する」と発言して波紋を呼んだ。さすがにFBI消滅とまではいかないだろうが、機能崩壊は避けられない異常事態である。
黒井文太郎(くろい・ぶんたろう)1963年福島県生まれ。大学卒業後、講談社、月刊「軍事研究」特約記者、「ワールドインテリジェンス」編集長を経て軍事ジャーナリストに。近著は「工作・謀略の国際政治」(ワニブックス)