おそらく今なら「PTSD」などというような「病名」をつけられて、じっくりと治療を受けさせられたことだろう。だが30年以上前の中学時代には、まだそうした治療法は、ハッキリとは確立されていなかった。
「イジメられていたわけでもないし、学校が嫌いなわけでもなかったんです。うまく説明できませんが、心の成長が追いつかず、中学2年で不登校になってしまって、その年は半分以上欠席。ようやく通えるようになって高校には入ったものの、1年の夏に再発して、そのまま学校には行かなくなってしまいました。結局、それから1年は家でひきこもり生活です」
これは1978年生まれの東京都中野区議・山内あきひろの言による、悲惨な学生時代の話だ。あくまで聞く側の推察だが、親も親戚もほとんどが歯科医師の家系で、自らもその跡を継がなくてはいけない、というプレッシャーが「ひきこもり少年」を生んだのではないか。
家にこもっている間は、定番のテレビゲームやマンガのほか、時には実家がある東中野から電車に乗って、新宿・歌舞伎町のゲームセンターで時間を潰していた。社会問題になった「トー横キッズ」などは当然ながらまだおらず、仲間不在の孤独な時間だったという。
「これじゃいけない、と親も考えたんでしょう。僕が小学校の学芸会で主役をやって好評だったのを思い出して、俳優の養成所に応募したんです。『お前も芸能関係ならなんとかやれるかもしれない』と」
自分自身も悩んでいた。外に出て人と接するキッカケを掴まなくてはならない。勇気を出して養成所に通ううちに、人と話をすることが苦にならなくなり、舞台に立って演技ができるようになった。数年のうちに、映画やCMの仕事が舞い込んだ。
それなりに「社会復帰」を果たした20代半ばの頃、また転機が訪れる。ガンで病床についた祖父の介護を手掛けるようになったのだ。祖父は体が大きく、華奢な祖母だけではとても手に負えない。しかも認知症が進行し、点滴を勝手に抜いてしまうくらいで、なかなか施設にも入れられない。在宅介護となれば、周囲を見回しても、時間的余裕があって祖母をフォローできるのが彼しかいなかったのだ。
「未成年ではなかったので、ヤングケアラーの定義には当てはまらないのですが、若者ケアラーですね。祖父が亡くなった後、今度は祖母の介護も手掛けるようになったんで、介護歴は合わせて約20年になります」
その間、長年友人だった中学の後輩女性と結婚したり、在宅でできる経理の仕事を始めたり、子供ができて子育てをすることになったりと、多忙を極める。
「介護はヘルパーの方にお手伝いいただいたりしたとしても、いわゆるダブルケアラーで、もうまともな睡眠時間なんて1日に1~2時間。あとはちょっと時間が空いた時に、座りながらうたた寝するくらい」
そんな生活をするうちに、真剣に考えるようになった。「やがて日本はさらに高齢化が進行する。しっかり政治の力でケアラーたちをサポートするシステム作りをしなくては、みんな介護疲れで倒れてしまう」と。
そして偶然にも、ある中野区議が彼の父親の知り合いで、その縁もあって「自分は中野区長選に出馬するので、その後継として区議選に出ないか」と声をかけてきたのだ。
おそらくダブルケアラーの体験談が耳に入っており、その区議は「こういう人の声こそ、区政は拾い上げるべき」と思ったのだろう。
すぐに出馬を承諾。「自分の望む政策を実現するためには、やはり力のある、大きな政党でないと」と自民党の公募に応じて、正式に公認をもらった。
立候補を決めてから選挙までの1年は、介護や子育てとの両立を図ったこともあり、他の候補者のように十分な活動はできなかった。だが地元の東中野駅前を中心とした駅立ちは、ずっと続けたという。
「ヤングケアラーの相談窓口を作りたいとか、認知症になる前の、まず予防の段階で区はもっと力を注ぐべきとか、どうしても介護や高齢者問題に関する話がメインになってしまいましたね。他党に比べて自民党は福祉を軽視している、みたいなイメージもあったんですが、それは違う、というのもアピールしたかったんです」
2023年に当選後も「行政サービスでどこまで手が回るか」とともに「どんなサービスがあるかを区民に伝えられる存在でありたい」と語り続けている。
さて、若い頃の不登校や引きこもり体験、俳優として、さらにはケアラーとしての体験が、今の議員としての活動にどうつながっているかを聞いてみると、
「人前に立つのには慣れているのと、人に聞きやすい話し方をする訓練を受けている点は、役者をやっていたメリットでしょう。不登校や引きこもり、ヤングケアラー問題に関していえば、そもそも自分が政治の道を進もうとした根本的な『原因』ですから、ずっと取り組んでいかなくてはいけない、と覚悟しています」
例えば区の子供文教委員会に所属して、子供や若者の相談施設である「みらいステップなかの」のさらなる充実のために動いている。不登校やひきこもりを続ける若者たちに、できるだけ手を差し伸べたいからだ。
「ただ、『不登校・引きこもり=イジメ』って単純に決めつけたりするのはいけないと思うんです。私自身もそうでしたが、特段の理由もなく、なんとなく学校に行かなくなったり、家にこもったりするようになる人間の方が、実は多いかも。行政は無理やり矯正するとかではなしに、自然に社会参加できる環境を作ることに力を尽くすべきでしょう」
10代に引きこもり、30代になっても介護による引きこもりと、引きこもり生活を2度も余儀なくされた彼にとって、人と会って話すのは、今でも新鮮で心躍る。様々な人たちの悩み、意見、苦情を聞くのも大好きだ。
引きこもりもダブルケアラーも、これから日本ではどんどん増えていく。いわば彼はそれを「先取り」している、貴重な政治家ともいえるかもしれない。
(山中伊知郎/コラムニスト)