豊川和也が市議会議員になろうとしたキッカケは、なかなかユニークだ。
「(広島県の)大竹市にもう住んでまして、知り合い家や自分の住所の地番で、例えば『2-10-2』だとかの人がいたんです。でもその同じ地番に家が3軒くらいあって、よく郵便物が誤配されて困っている。だったら2-10-2のあとに『-1』『-2』『-3』とか枝番号を付ければいいかなって、市役所に頼みに行ってみました。そしたら、そういう話は市長か市議会議員とかを通してもらわないと、って言われて。じゃ、僕が市議会議員になるか、と思っちゃったんです」
だが、すぐそこに迫っていた2019年の市議選は、立候補する踏ん切りがつかな
いまま、無投票で終了。2022年の補選には立候補したものの、落選してしまう。2023年の選挙でようやく当選にこぎつけた。
「選挙期間中、長井秀和さんが飛行機に乗って大竹市に応援に入ってくれた。あのおかげで当選できたと感謝しています」
もともと彼も長井と同様、お笑い芸人だった。2001年から地元・山口県でピン芸人としての活動を始め、2005年からは同郷の相方とオレンジガードレールという漫才コンビを組んで、地元のライブ会場やパーティー・イベント会場、介護施設などでネタを披露していた。一度だけ広島の吉本興業に所属したものの、他の芸人との人間関係のいざこざがあって離れ、相方がギャンブルにハマッてしまったこともあって、コンビを解消。本人曰く、
「大の人見知りで、他人とうまくコミュニケーションをとるのが難しいんです」
それでよく芸人や議員が務まるな…という気もするが、本人が必死で社会の中での自分の居場所を見つけ、みんなの役に立とうとしている姿勢は伝わってくる。住所の地番の問題にしても、彼自身を含めて地元の多くの住民が困っていたわけだし。
芸人を辞めて運転代行を始め、そのお客さんから「ウチの草刈りでもしてくれない?」と頼まれたことから便利屋も兼務。庭掃除やハチの駆除、犬の散歩、高齢者のお使いの手伝いなどをやるようになる。人の困りごとをお手伝いするのが好きな性分らしいのだ。
広島吉本に入った後に、住まいは広島の中心街から車で1時間ほどの大竹市に移り住んだが、 便利屋を始めてからも、仕事の依頼はほとんどが広島市内。一方で人口が2万5000人程度の大竹市は、日本のどこの地方とも同じで、人口流出による地域の衰退に悩んでいた。
自分が住む街に活気を取り戻したい、と議員を目指したものの、特定の政党に入るつもりはなかった。知り合いに隣の廿日市市議がいて、その人から自民党の代議士を紹介してもらってはいたものの、自民党から立つ気はなかった。とにかく組織内での人間関係をうまく築くのが苦手なのだ。芸人を始めたのだって、会社内の人間関係が難しそうだったため、高校を出ても就職せずにアルバイト生活を始め、「芸人なら組織に入らなくてもいいだろう」との理由で志したほどだ。
一度は吉本興業にいたものの、やはり馴染まない。それに懲りたので、市議選はどこともシガラミのない「無所属」での出馬を決めた。
実は議員になっても、仕事の内容では便利屋と共通した部分がけっこうあるらしい。伸びすぎて邪魔になった個人宅の木の枝は便利屋が切るとして、公園の枝になると市議が苦情を受けて、市に伐採を頼んだり。スズメバチのような害虫駆除についても、便利屋に直接、依頼が来る時があれば、まず市議が依頼を受けてから市で相談して業者を派遣することもある。
「もちろんイノシシ駆除なんかは、便利屋では手も足も出ません。それが市議になると、まず市に調査を依頼して、どんなワナを仕掛けるかとか、動いてもらえる。そういう点では議員の肩書は便利ですね」
NHK「のど自慢」の誘致のように、地元活性化のための提案はなかなか実現していないが、一般質問では常に「町おこしイベント」の提案を続けている。と同時に重視しているのが「防災」への取り組みだ。大竹市は昭和26年のルース台風以降は大きな災害がない地域で、どうしても防災への取り組みが薄くなりがち。やがて来る確率の高い地震に備え、備蓄品の確保や防災リーダー等の育成などを市に提案し、訴えている。
「議員報酬は月額37万円に期末手当がついて、それに政務活動費が年21万6000円。トータルで年645万円です。これが高いか安いかは議論が分かれるところですが、長井秀和さんに以前教えてもらった『政治はビジネスじゃない』という言葉を胸に刻んで動いておりますので、僕はこの範囲内で十分やっていけてると思います」
最後にひとつ、「どうしても市民の方に伝えたいことがある」と明かしてくれた件がある。
「実は今、地元の市議会議員に最も人気のある『宮島ボートレース企業団議員』というものがあります。 廿日市市、大竹市から4名ずつ選任され、報酬額は月5万円から6万円に期末手当がつくくらい高く、仕事は年4回の定例会(1回の会議が40分ぐらいで終わる)。楽しそうな視察もあり 非常に一般常識とかけ離れた、超絶に楽な仕事です。そのため大昔から大人気らしく、大竹市議会ではこの充て職を2年に一回、議会で選挙をして決めるのですが、実際には選挙ではなく、各会派代表者会議で多数会派から選ばれていきます。 決め方も不公平なんです。大竹市の議員の中で、もしかしたら報酬額など知らない人がいる可能性があります。つまり、一種の既得権益になっているわけです。こういうことを黙り隠している大竹市のベテラン議員に限って『もっと市民に開かれた議会を』なんてことを委員会などで、平気で発言しています。これはもっと市民の皆さんに知ってほしい」
こうしたことを率直に言うから「人間関係のトラブルが起きやすい」のだろう。だが議員でありつつ、こんな忖度なしに思ったことを言えるのも「無所属」の特権なのかもしれない。
(山中伊知郎/コラムニスト)