いかにメンタルを鍛えているプロスポーツ選手とて、人間だ。思い通りの試合運びができなければ、イラつくこともあるだろう。
だが、観客は金を払い、チケットを購入、時間を割いて試合観戦に訪れる。だからといって三波春夫が言うように「お客様は神様です」とは思わないが、声援もブーイングも、それを「叱咤激励と受け止めプレーしてこそ、プロだ」という意見は至極真っ当なものだと思う。
2013年9月24日に開催された、テニスの東レ・パンパシフィック・オープン。クルム伊達公子は、2011年全米優勝のサマンサ・ストーサー相手に、第2セットのタイブレーク最初のポイントで、ダブルフォルト。客席からは「あぁ~」と大きなため息が漏れた。
以前から客席からの「ため息」に大きなストレスを感じていたという伊達はこの大会前、自身のブログでこう訴えていた。
〈プレーが気持ちよくできるようため息のないサポートをお願いします!(笑+本気)〉
だからなのか、ついにブチ切れた伊達は「ため息ばっかり!」と吐き捨て、さらにミスショットで再び観客からため息が漏れると、「シャラップ!」と叫ぶなど、イライラが爆発。そのシーンが物議を醸すことになったのだ。スポーツ紙記者の話。
「伊達は1992年のウィンブルドンで敗れた際も、自分のミスに大喜びする相手選手の応援が気に食わず、相手応援団に向かってボールを打ち込んだことがある。この時も紳士のスポーツにはあるまじき暴挙だとして、話題になったものです」
実力もさることながら、プライドが高く激しい気性で知られる伊達。1994年のアジア大会では、出場をめぐって日本協会と対立。
「別にアジアでナンバーワンになるつもりはないし、勝って当たり前、負けてなんだと言われたくない」
大会にボイコットを宣言したのである。最終的には出場することになったものの、代わりに伊達が出した条件があった。それがカナディアン・オープンと全米オープンに、協会所属コーチを彼女専属として派遣することだった。これはすったもんだのあげく、約束が違うとして、記者会見では本音をブチまけた。
「協会に対する不満はたくさんある。積もり積もったものがあるから、今回は引き下がらない」
発言は過激だが、そのぶん、根性と実力もあった。伊達の快進撃は止まらず、1995年の東レパン・パシで初優勝。全仏オープンでも日本人初のベスト4進出を果たし、11月には世界ランキング4位に。
翌年9月に一度現役を引退するが、2008年4月、「若い選手の刺激になって(私を)追い抜いてくれる選手が出てくれれば」との思いから現役復帰すると、全豪オープンシングルス1回戦で最年長勝利記録を更新した。ウィンブルドンでも3回戦に進出するなど、大健闘。そして「大問題発言」が飛び出す「東レ・パンパシ」を迎えたわけだが、出る杭は打たれる。出すぎた杭は打たれない。そんな言葉を地で行く大活躍で、40歳を超えてもなお、大きな注目を浴びることになったのである。
(山川敦司)