魚住 今回の本で「おいしい」をテーマにした理由を教えていただけますか?
村田 最近はテレビのチャンネルをひねると、多くのグルメ番組が放送されています。タレントさんやら、お笑いの方やらが食べてすぐに「おいしい!」って言うじゃないですか。「ウマ! ヤバ!」とか。それを見ていて「何でもおいしいのか?」「まだ咀嚼もしてないのに言うなよ」って思うんです。
魚住 確かに皆さん、すぐに「おいしい!」って言われますね。
村田 実は、それはあんまりおいしくないんです。はらわたにしみるようなおいしさを感じたら、人はニッコリ笑います。それから関東の人は、マグロのトロをおいしいと言います。でも、トロは毎日食べられません。関西の人間はハモやタイがおいしいと言う。淡白で毎日食べても飽きないものをおいしいと感じるみたいです。
魚住 トロは脂が多いので毎日は食べられませんし、東西でおいしさが違うんですね。
村田 はい。年代によっても違うし、生きてきた環境によっても違う。おいしいってどういうことだろう?と思ったのが出版した理由です。
魚住 この本を読んで自分にとっておいしいとはどういうことだろう、と考えるきっかけになりました。京都と東京のお店の違いについても書かれています。
村田 昔、京都の御所に仕えていた料理人は、公家のために一生懸命作りました。公家は昼2時間、夜3時間かけてご飯を食べ、運動しないのでカロリーはいらない。そういう料理が発展して京料理になりました。
魚住 ルーツは公家のための食事と聞くと「京料理は敷居が高い」と感じますね。
村田 いえいえ、東京の料亭と違って敷居は高くありません。京都では敷地が500坪以上ないと料亭とは言わず、料理屋と言います。一般の方が「おばあさんの法事やから菊乃井さん予約しとこうか」みたいな感覚です。コロナの間も地元の方が来てくださったので1軒も潰れていません。
魚住 それはすごいことです。地元に愛されていることが強みですね。
村田 だから「偉そうにしたらあかん」って店の者に言っています。予約は向こう1年くらい取れません、と弟子が出した店もありますが「お前、何様や思ってんねん!」です。
魚住 確かに京都のお店は予約が取れないところが多いです。
村田 実は、これは予約の取り方の問題なんです。予約が取れないことを店の売りにするような考え方は、ヤメた方がいい。「その日は満席なんですけれど、あくる日は空いております」とか言って、何とかして予約を入れたいというのが僕らの商売です。
魚住 この本には京都の老舗の「ぼん(男児)」である村田さんが、フランス語もできないまま渡仏して、いろいろな人に助けられたり、天龍寺の平田精耕老師と2人で鍋を囲んだりする逸話があります。「ぼん」はたくさんの人に育てられていますね。
村田 いろんな人に、いろんなこと言ってもらえるから「ぼん」はいいんです。まあ、年を取った「ぼん」は誰にも何も言ってもらえないんですが(笑)。
魚住 村田さんは、日本食の文化と技術を普及する活動もされています。特に出汁の旨味を広められて、今や「ZEN」や「JUDO」と同じように「UMAMI」として世界共通語になりました。
村田 世界23カ国に旨味を紹介しに行きました。また、僕が名誉理事長をしているNPO法人「日本料理アカデミー」の研修に、まだ若くて下っ端だった頃のデンマークの「noma(ノーマ)」オーナーシェフのレネ・レゼピや、フランスの三ツ星レストランのシェフ、パスカル・バルボ、マウロ・コラグレコ、サンパウロで活躍しているアレックス・アタラなどが来ました。彼らは直感力があり頭もいいので、日本料理の肝は出汁だとわかって学んで行きました。
魚住 皆さん、今や世界のトップシェフです。そういった人たちからも世界に広まっていったんですね。
ゲスト:村田吉弘(むらた・よしひろ)「菊乃井」三代目主人。1951年京都生まれ。立命館大学在学中にフランス料理研究のため渡仏。93年「菊乃井」三代目主人となる。現在、「菊乃井 本店」「露庵 菊乃井」「赤坂 菊乃井」を統括。12年「現代の名工」「京都府産業功労者」、17年「文化庁長官表彰」など様々な賞を受賞。18年「黄綬褒章」を受章。同年「文化功労者」に選出される。
聞き手:魚住りえ(うおずみ・りえ)大阪府生まれ、広島県育ち。慶應義塾大学文学部卒。1995年、日本テレビにアナウンサーとして入社。報道、バラエティー、情報番組などで幅広く活躍。04年に独立し、フリーアナウンサーとして芸能活動をスタート。30年にわたるアナウンスメント技術を生かした「魚住式スピーチメソッド」を確立し、現在はボイス・スピーチデザイナーとしても活躍中。