1月3日に蝶野正洋がアドバイザーに就任、2月からプロレスリング・ノアを退団した秋山準、潮崎豪、金丸義信、鈴木鼓太郎、青木篤志の5選手が参戦。2013年の全日本プロレスは前途洋々だと思われた。
しかし新オーナーとなったスピードパートナーズ社(以下、SP社)の白石伸生代表がSNSで友好関係にあった新日本プロレスを批判し、全日本に対しても「リアルなガチンコプロレスをせよ」などと発信したことで大混乱。
白石新体制としての初のビッグマッチとなった3月17日の両国国技館は、挨拶のためにリングに立った白石にブーイングが飛び、白石は観客の前で内田雅之社長を𠮟責、リストラ候補に挙げていたKENSOに張り手を見舞うなど、醜態をさらす結果に終わった。
それでも4月の「チャンピオン・カーニバル」は滞りなく開催され、最終戦の4.29後楽園は超満員札止めの大盛況。秋山がKAIを撃破して初優勝した。
その翌日、内田が社長辞任を表明。それは白石を排除し、武藤敬司体制発足のための布石だった。
実は水面下で武藤と内田が白石に全日本の株の買い戻しを打診。5月いっぱいを目途に買い戻すことで合意に達し、内田が持つ代表権を武藤に譲渡して武藤体制で新たなスタートを切るということで、内田の辞任発表になったのだ。
だが、話はスムーズには進まなかった。白石は自身のフェイスブックで、内田の社長解任と後任をSP社から送り込むことを発表。
さらに選手は反白石で一枚岩だと思われていたが、実はリストラ問題で揉めていたはずの白石とKENSOが水面下で結託。「チャンピオン・カーニバル」中に武藤派の切り崩し工作に着手し、KENSOが選手たちに白石と話し合いの場を持つように働きかけていたことが明らかになった。
結局、武藤&内田の株買戻しはならず、内田の社長辞任に続き、武藤も5月31日付で会長を辞任。
「白石社長には去年、いろいろな部分で世話になったけど、価値観のズレが大きくなって歩み寄れなくなった。選手たちも付いていけないだろうし、選手たちには呼びかけるよ。呼びかけなきゃ不幸じゃん」と、新団体設立と選手たちに声を掛けることを示唆した。
一方、白石は武藤辞任翌日の6月1日に自ら社長に就任するとともに、SP社の幹部3人が取締役に就任。選手たちとの契約は6月末日で解除し、残る選手とは7月1日から新たに契約を結ぶことを発表。
ほとんどの選手が武藤に追従する姿勢を見せたが、6月11日に記者会見で全日本残留を表明したのが諏訪魔だ。全日本プロレスが好きで全日本に入団した諏訪魔は、全日本の看板を守ることを選択したのである。
6月16日に高崎で開幕、同月30日に両国国技館で最終戦を迎える「クロスオーバー2013」は、切ないシリーズになった。
分裂の原因は武藤&内田と白石の団体上層部の対立であり、白石派として暗躍したKENSO以外には、選手間の人間関係に何も揉め事はなかった。全員が揃っての最後のシリーズは、選手たちの思い出作りの場だったと言ってもいい。
公私ともに仲がいい諏訪魔、カズ・ハヤシ、近藤修司の3人は、諏訪魔が全日本残留を表明したのに対して、カズと近藤は武藤に追従することを公言したため、同じリングに上がるのはこのシリーズが最後。別れを惜しむように、開幕戦の高崎とシリーズ天王山の6.22札幌でトリオを結成。翌23日の札幌では諏訪魔VS近藤の一騎打ちが実現し、諏訪魔が惜別のラストライドで勝利した。
現有メンバーでの最後の大会となった6.30両国では、秋山準相手に諏訪魔が三冠ヘビー級王座初防衛に成功するとカズ、近藤、同じユニット「ラスト・レボリューション」のメンバーの中之上靖文、ジョー・ドーリングもリングインして諏訪魔と抱擁を交わし、5人で手を挙げて勝ち名乗り。「本日はご来場、ありがとうございました。そして武藤さん、ありがとうございました。これから全日本プロレスの看板をしっかりと守り続けます」という諏訪魔の挨拶で武藤・全日本は終焉を迎えたのだった。
5日後の7月5日、東京ドームホテルで全日本は新体制発表記者会見。所属選手として出席したのは諏訪魔、大森隆男、征矢学、SUSHI、さらにフリー参戦していた秋山らバーニング5選手も所属になることを発表。00年6月に全日本を退団してノア旗揚げに走った過去がある秋山は「もう一度、全日本を裏切ることはできない」と語った。
7月14日の後楽園ホールにおける新体制スタートには態度を保留していた渕正信が姿を見せて「生涯全日本」を宣言すると同時に取締役に就任。諏訪魔と潮崎の60分3本勝負の熱闘で白石・全日本は幕を開け、9月1日は曙も入団した。
武藤派は7月11日に新団体WRESTLE‒ONE(W-1)設立を発表。日本プロレス界は新たな時代に突入した。
小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。
写真・山内猛