不景気が長引く中、中高年の新人ドライバーに出くわす機会が増えていると感じている読者も少なくないだろう。フリーライターの後藤豊氏もその一人。副業と業界ウオッチを兼ねてタクシー業界に飛び込むこと1年余り。涙と汗で書きためた「裏乗務」日誌をここに初公開する。
「指見せて。10本あるね。次は背中見せて」
タクシー運転手の入社面接は開口一番、この言葉で始まった。面接者に背中を向け無垢のキャンバスを披露した瞬間、採用が決定。2週間の二種免許講習を、班長同乗で3出番の研修を受け、独り立ちと相なった。
実にあっけない新人タクシー運転手の誕生だった。
フリーライターとしてこれまで25年過ごしてきたが、昨今の不況で仕事減。月のうち10日ほどヒマになったため、背に腹は代えられず、副業でタクシードライバーになったのだ。ただ立場的には、月12勤務の正社員ではなく、正社員の公休日に乗る「スペアドライバー」。シフトは都合しだいでノルマも緩く、私にはぴったりである。
初乗務の日、出庫するとすぐに道端で妙齢の女性が手をあげていた。
「新宿駅まで」
と言う妙齢の女性に、
「ご乗車ありがとうございます。××交通の後藤です。ルートは明治通りから新宿通りでよろしいでしょうか?」
とマニュアルどおりの対応をすると、
「あら、新人さん? それでいいですよ。前は何をしてらしたの?」
と尋ねられた。そこから会話が弾み、あっという間に新宿駅東口に到着。料金1090円のところ、1200円を差し出された。
「お釣りはいいわよ。嫌なこともあるかもしれないけど、頑張ってね」
と励まされ、わずかなチップだが、何とも言えずうれしかったのは今でも忘れられない。
だが、ビギナーズラックよりも失敗がたくさんあった。赤坂見附で手をあげたビジネスマンらしき外国人はいきなり、
「ニューオータニ!」
と言ってきた。やばい。場所がわからないうえに英語だ。
「ホ、ホワットプレイス!」
とワケのわからない英語で返すと、
「あの先のホテルです。まっすぐ行ってください」
と流暢な日本語が返ってきた。ほっとしたような恥ずかしいような複雑な気分に襲われたものだ。
後藤豊(ライター)