「タクシーを転がしている」と言うと、多くの人から「道を知らないとできないでしょ?」と聞かれる。私自身、ライターをしていた時はそう思っていたが、実際に蓋を開けてみると、ドライバーに求められるのは「地図的な知識」よりも「乗客への対応能力」というのが実感だった。
例えば乗客から「急いで東京駅に行ってください」と言われたとしよう。この時、自分でルートを選ばずに「ご指定のルートはございますか?」と確認するのだ。なぜなら勝手に道を選ぶと、渋滞にハマった場合、客のイライラはこちらに向けられる。下手をすると苦情ざたとなるが、客に選択させれば運転手のせいにはならない。つまり主導権を相手に渡してトラブルを防止するのだ。
客が道を知らなければカーナビに頼ればいいし、何よりカーナビがあれば知らない場所でもどうにかなる。深夜の客にも、
「ご住所を教えてくださいませ。ゆっくりお眠りいただけますので」
と、優しく受け答えできる。
トラブルや苦情が会社や近代化センターに入ると面倒なことになるが、トラブルを防ぐのにいちばん大切なのは、
「とにかく気分よく乗ってもらうこと」
ドアを開けた瞬間、「はいどうぞ!」と笑顔で出迎えると、客も安心できる。気分よく乗ってもらえばこちらも気分がよくなる。すると知らずにツキに恵まれ、懸命に流すうちに売り上げが上がることを体感した。
気になる稼ぎといえば、金土の稼ぎ時は1日7万円、月~木は5万円といったところ。平均は1日6万円前後だ。私は副業のため労働時間をセーブしているが、正社員になった場合、月に72万円、手取りはおよそ35万円といったところ。公休出勤も含めれば、年収ベースで500万円ぐらいだろう。
老若男女、いろんな乗客がいて飽きないが、中でもおもしろいのが「ホテルに行きたいカップル」だ。
春も間近い3月、金曜の3時過ぎ。都心に戻る途中で手があがった。乗せたカップルの行き先は「湾岸沿いのホテル」。逆方向だが、こういった客はおもしろい。メーター料金が「読めぬ」うえに、格好のネタになるからだ。
案の定、そのホテルは満室だった。こうなると「ホテル探し」が始まる。葛西、浦安、本八幡と探しまくるも満室のオンパレード。メーターはすでに1万円を超えている。「早く着けてあげたいけど、どこもいっぱいだねぇ」と言いつつ、心の中では「よっしゃー!」と叫びまくりたくなった。
さらに小岩まで走ったが、やはり満室でメーターは1万5000円。時間はすでに4時近い。このままではかわいそうなので、気分をつなごうと「お客さん、彼氏のどんなところが好きなの?」と振ると、女性は「一生懸命なところ」。「やっぱエッチも一生懸命?」などと聞くと、男も「何だよ、いつも頑張ってるだろ!」とノッてきた。
しばらくすると、待ちきれない男は女の股間に手を伸ばしている。しかたないので「プラス1万円で貸してあげようか」と言ってみると、「お願いします」と男が懇願する。女がコンビニでウエットティッシュやジュースなどを買い込み、その足で海沿いの公園に車を止め、1時間ほど外で待った。私がのぞき見しても、怒るどころか喜んでいたっけ。
後藤豊(ライター)