ことし、長嶋はしばしば佐倉に姿を現している。8月のお盆には、“生家”の目と鼻の先にある菩提寺を訪ね、父方の従弟、長嶋義倫(よしみち)といっしょに墓参りをしている。
「茂雄ちゃんがこんなに何回も佐倉に帰ってきたのは初めてじゃないかな。お墓参りは毎年のことだけど、いつもふらりと来て、黙って帰る。ところが、ことしは住職を呼んで、自分たちのところだけでなく、本家のお墓にまでお経を上げてくれて、感謝感激でした」
よくできたもので、長嶋の菩提寺は「長源寺」(浄土宗)という。
「今回、驚いたのは、我々の親のお墓は高台にあるんですが、急な階段(63段)を、専属運転手さんの肩を借りながらとはいえ、楽々と登り切ったことです。いつのまにこんな元気になったのかなと、びっくりしました」
もっと驚いたのは、住職のお経が始まったときだ。
「住職の声に合わせ、茂雄ちゃんが『色即是空、空即是色』と唱え始めたんです」
小林によると、長嶋が般若心経を唱えたのは、今回が初めてではない。
「茂雄ちゃんのお母さんが1994年に92歳で亡くなった後、武ちゃん(武彦。茂雄の7歳上の兄)が感じ入っていました。『茂雄が般若心経を諳(そら)んじていてびっくりしたよ』とね。墓地の隣には、小学校時代の同級生の家があるんですが、朗々とした茂雄ちゃんの声を聞いて家を飛び出すと、白いベンツが停まっていたんです‥‥」
信心深い長嶋は、佐倉市にある八幡社にも毎年参拝している。彼の母方の従弟である根本正一郎は、八幡社の総代長を務める。
「ことしは何回もお詣りに来ています。彼が来ると、すぐにわかるんです。神殿に日本酒の一升瓶(2本)があり、お賽銭箱の中から1万円札が出てくるからなんです(笑)」
根本に紹介され、八幡社の宮司に会うと、意外なことに美しい女性であった。
「ことしは1月、8月、9月と、3回来ていただいたでしょうか。いつも見事な柏手を打ち、長い間手を合わせていらっしゃいます」
年々、体調がよくなっていることに感謝し、手を合わせたのであろうか。
松下茂典(ノンフィクションライター)