日本人の平均年齢は1960年の28.5歳から、2010年で44.6歳となった。「国立社会保障・人口問題研究所」の平均年齢推移では、2036年にはついに50歳を超えることが予想されている。
高齢化社会はしばらく続くことは確実で、問題になるのは「認知症」。認知症はアルツハイマー型、脳血管型、レビー小体型で全体の9割を占める。5割を占めるのは「アルツハイマー型」なのだが、実はその原因は解明されていない。
そこで注目されているのが歯と認知症の関係だ。12年には、神奈川歯科大学の山本龍生教授らが、「アメリカ心身医学会雑誌」に発表した、ある研究に関心が集まっている。安藤氏が解説する。
「65歳以上の高齢者4425名を4年間追跡し、口腔状態と認知症の関係について調査した結果です。歯がなくて義歯も使っていない高齢者と、自分の歯が20本以上残っている高齢者を比べたところ、歯がなくて義歯もない高齢者の認知症発生率は、自分の歯が20本残っている高齢者より1.9倍高かったのです」
なぜ歯がないと認知症になりやすいのか──MRI(磁気共鳴画像装置)で、「噛んだ」時の脳の血流量を測ると驚くべきことがわかる。
「ガムを噛むと頭がスッキリするのと同じように、『噛む』ことで血流がよくなり、脳に直接刺激が届きます。そのことで認知症の発症リスクが抑えられる、と言われています」(前出・安藤氏)
歯の維持が認知症の決定的予防策ではないものの、「噛む」という行為は脳や健康と重要な関係にあるのは間違いないようだ。
老人介護の現場でも、「口腔ケア」は健康維持のために必須となっている。認知症予防だけではなく、「誤嚥性肺炎」防止として行われている。「誤嚥性肺炎」とは、口内の菌が唾液や食べ物と一緒に気道に入り、引き起こされる肺炎。11年に死因第3位となり、14年の全死亡者に占める割合は9.4%という恐るべき病気である。
口腔ケアに積極的に取り組む、北九州市の有料老人ホーム「あやのいえ」植木文子代表に聞いた。
「誤嚥性肺炎の予防は、口内を清潔に保つことが大事です。ブラッシングの指導もしますが、寝たきりの方も自分で歯みがきができる方も、毎日スタッフが歯ブラシやガーゼを使って口内の清潔を維持。さらに週に一度は歯科医の方が来て、診てもらっています。ケアに取り組み始めたここ3年で、誤嚥性肺炎で亡くなる方はゼロになりました」
「あやのいえ」では、顎や首の筋肉を鍛える体操を実践。食べ物を自分で噛んだり、舌を動かせるようになった入居者もいる。
「鼻からチューブで栄養摂取されていた方もいますが、うちに入られて自分で食べられるようになって、元気が出たり会話がしゃっきりされた方は非常に多いです」(前出・植木代表)
口腔ケアには、ガン患者やICU(集中治療室)に入る重篤な患者に対しても行われ始めている。前出・安藤氏が続ける。
「口の中が不衛生だと、抗ガン剤の影響で口内炎ができやすくなります。ICUでも、気道感染のリスク軽減のために口腔ケアをするところが増えました。口腔の管理をすることで、疾患の予後がいいものになっていくわけです」
医療の最先端で、あらためて「口腔衛生」の価値が見直される一方で、健康な人の口腔に対する意識は決して高くない。
「清潔な人さし指を舌の上に奥のほうから平行に貼り付ける。乾かした時のニオイが、あなたの口臭のニオイです」(武内氏)
年を取って、1カ所も歯周病になっていない人はまずいない。だからこそ、ふだんのケアが大切なのだ。