食べ物の出発点は「口」だが、歯を含めた口腔衛生と健康には密接な関係があることはあまり知られていない。実は、まさに「万病」を駆逐する健康法こそ1日2回10分ずつの「歯みがき」だという。その驚異の効果を、口腔トラブルの恐ろしさとともに紹介する。噛むことは命の泉を湧かせる行為なのだ!
昼夜を問わずテレビで流される「健康情報」。その多くは、運動と栄養に対するものだろう。栄養とはまさに「食事」のことだが、その入り口が「健康」と強い結び付きを持ち、寿命にさえ関係していることはあまり知られていなかった。
国立保健医療科学院で統括研究官を務める安藤雄一氏が解説する。
「きっかけは80年代半ばに、寝たきりの高齢者の方への訪問治療が全国で少しずつ始まったことです」
それまで虫歯など歯の治療に追われていた歯科医は、不思議な現象に立ち会うことになる。
「寝たきりの人が立ち上がるとか、意識がハッキリする。ちゃんと食事ができるようになるという事例がぽちぽち出てきたのです」(前出・安藤氏)
当初「特殊な例」と考えていた安藤氏は、当時新潟大学で指導者の立場にいた。
「そこで、訪問診療の症例をまとめたところ、歯科治療が全身の健康にも好ましい影響を与えていることを示す結果が出ました。全国的にも80年代後半から、多くの歯科医師、歯科衛生士が『歯と健康』の関係に注目したのです」
わかってきたのは、歯が健康でないと、さまざまな不健康を招くという事実だった。武内歯科医院院長で、鶴見大学歯学部探索歯学講座の武内博朗臨床教授は、
「お口のトラブルと全身の健康の関係について、非常に大きなファクターとなるものが3つあります」
と指摘する。それは、
【1】歯原性菌血症
【2】慢性持続性炎症
【3】大臼歯欠損
この3つによっていろいろな疾患が直接的・間接的に引き起こされるのだ。まずは【1】「歯原性菌血症」について解説してもらった。
「歯周病になると、歯の周りの骨が溶け歯が緩くなります。その状態で噛むと、歯が上下動して根元がポンプのように働き、歯と歯ぐきの間の歯周ポケットという潰瘍から菌を動脈などに入れてしまうのです」
関節周辺を包囲している膜「関節包」内部に歯周病菌が紛れ込めば、関節リウマチを起こす。血管が炎症する菌が体内に入り続けると深刻な事態を引き起こすリスクが高まるのである。
「菌が入り血管壁に炎症が起こると、そこに血中の白血球が集まり、アテロームというコブ状の物体ができます。そこに血中のカルシウムが付着、石灰化して動脈硬化が引き起こされるのです」(前出・武内氏)
動脈硬化が進行すれば、狭心症や心筋梗塞などの心疾患や、脳卒中、脳梗塞などの「脳血管疾患」のリスクが上がるのだ。【2】「慢性持続性炎症」は、糖質代謝に影響を及ぼすという。
「歯周病は、歯肉が弱い炎症を起こし続けている状態です。放っておけば慢性化します。歯周病による炎症性の物質が体内に回ると、インスリンの働きを阻害して、糖質代謝を悪くします。これが糖尿病やメタボリックシンドロームの原因になります」(前出・武内氏)
【3】「大臼歯欠損」は、まさしく大臼歯(奥歯)の損失。もちろん入れ歯やインプラントなど、治療によって大臼歯を埋めることができるのだが、欠損したまま生活すれば大事に至る。
「奥歯がなくても食事はできますが、咀嚼機能の低下で、無意識のうちにラーメンやうどん、カレーライス、丼ものといった軟らかい食べ物に偏ってしまう。つまり、食事が『糖質偏重食』になってしまうのです」(前出・武内氏)
カロリーは取れるが、低栄養状態に陥るのだ。
「肉や野菜など歯応えのあるものを避けることで、たんぱく質、ビタミン、ミネラルが不足します。加齢による筋肉量の減少を『サルコペニア』と呼びますが、特にたんぱく質の低栄養状態はこのリスクを上昇させます。最悪、寝たきりになることもあります」(前出・武内氏)
「噛む」とは、命の泉を絶やさない行為なのである。