暗殺直後には日本政府関係者の話として「実行犯の女2人死亡」と報じられたが、実際には生きたまま逮捕されている。また、正男氏の「資金源」をNHKでは、はっきりわからないとしながらも「北朝鮮の資金管理や武器輸出に関わっていたという見方もあります」と伝えている。
確かに正男氏は北の武器輸出に関与していたが、01年5月、偽造旅券で日本に入国する頃までである。
「軍事武器輸出をしていた男から、正男氏と一緒にやっていたのは聞いたことがあります。だが、(01年5月の)騒動でテレビに顔が出て、身の危険を感じてやめています」(近藤氏)
格安航空搭乗直前に殺されたことも併せ、最近では資金も枯渇していたと言われているが、ある在韓ジャーナリストは、こう明かす。
「父・正日氏の口座はマカオに40ぐらいありました。正男氏はその一部の口座を確保し、投資をしたりファンドで生計を立てていたと言われていたので、資金はまだ豊かだったようです」
こうした取材を進めるうちに、一連の事件に連なる「動機」をキャッチした。第一の説が「クーデター失敗説」である。
1月中旬、秘密警察組織トップの金元弘(キムウォンホン)氏(71)を解任。その理由について韓国統一省は拷問や不正行為があったと説明するが、北朝鮮内部の権力闘争が大きく影を落としているという。
「水面下で元弘氏が正男氏と組んで、中国を後ろ盾にクーデターを画策していたフシがあります。その動きを察した正恩氏が先に手を打ち、元弘氏の軍階級を大将から少将に降格。調査はまだ続いており、今後さらに重い処分が下されそうです。すでに反乱分子になりそうな国家保衛省の幹部も多数処刑されました」(在韓ジャーナリスト)
調査でクーデターの「首謀者」の一人として、正男氏が浮上すれば正恩氏が暗殺に向けて動く直接的な動機となる。
もう一つの説は、米国のトランプ政権誕生と関連するものである。
「オバマ政権とトランプ政権では、北朝鮮に対するアプローチが全然違います。オバマ氏は戦争をやらない政権でしたが、トランプ氏はIS(イスラム国)を倒すと言ったり、北朝鮮にも強気です」(前出・近藤氏)
実際、トランプ政権の国防長官で「マッド・ドッグ」の異名を持つマティス氏が訪韓し、2月3日に北朝鮮に対しこう警告している。
「米国もしくはその同盟国へのあらゆる攻撃は、打倒されるだろう。核兵器の使用は、効力ある圧倒的な報復にあうだろう」
北朝鮮の核武装化を是が非でも止めたいのは、アメリカだけではなかった。防衛省の関係者が解説する。
「それは中国です。13年12月に、中国にとって北朝鮮側の窓口である叔父の張成沢(チャンソンテク)を金正恩が処刑した。以来、中国と北朝鮮は以前ほどの蜜月ではない。中国のコントロールが効かない金正恩が、核ミサイルを中国に向けて脅迫してくるリスクは常にあり、これを中国は嫌がっている」
北朝鮮への交渉手段を持たないアメリカは、2月9日の米中電話会談を前に、中国側に「北朝鮮の核開発と、関連するミサイル開発停止」を強く要請していた。そして中国も北朝鮮に強く警告していたという。ところが2月12日、日米首脳会談にあてつけるように、北朝鮮は弾道ミサイルの発射実験を強行したのである。
「中国は完全にメンツを潰された。このことが引き金となり、『金正恩は交渉相手には不適格』と判断された。そこで浮上するのが、海外にいる正男氏を担いだ亡命政権樹立計画。金正日の長男にして、金日成の寵愛を受けた正男氏が政権を樹立すれば、スムーズに金正恩体制を崩壊させることができる」(前出・防衛省関係者)
実は正男氏を担ごうとしていた大国は、中国だけではなかった。