「勝負への執着心を抑える態度にわが身を反省した」
インターネット検索サービス会社「ヤフー」を買収したものの巨大通信企業が行く手を阻む。効果的にブランド力を高めるための次の一手。それが大好きな野球に関わる「プロ球団買収戦略」だった。息詰まる買収劇の中で出会った「世界の王」から得たものは──。
2004年10月18日、孫正義ソフトバンク社長は、記者会見にのぞんだ。プロ野球・福岡ダイエーホークスの買収に乗り出し、来季からの参入を目指す考えを明らかにした。
「地元福岡で絶大な支持を受けている球団であり、引き続き、福岡に球団の本拠地を置きたい」
孫の会見によれば、ダイエーホークス買収は2年前からダイエー側と水面下で交渉してきたという。
さらに、孫は語った。
「数十億円の球団赤字は、けっして大きな数字ではない。企業の認知度やイメージアップなど、総合的には経営面のプラスになる」
巨大なNTTグループなどに対抗してブロードバンド事業を進めていくには、知名度とブランド力の向上が欠かせない。球団を買収できれば、グループの知名度を飛躍的に向上でき、中核のブロードバンド事業の強化につながる。球団保有のブランド効果で年間100億円以上のコストダウンにもつながる。
孫は、10年ほど前からプロ野球球団所有をぼんやりと思い描いていた。それが方針としてはっきりとしたのは、03年3月のことであった。ソフトバンクは、神戸のオリックス・ブルーウェーブのホーム球場「グリーンスタジアム神戸」のネーミング・ライツ(命名権)を獲得した。「ヤフーBBスタジアム」と名付けた。
孫は、その時思った。
〈スタジアムに名前をつけるのではなく、球団そのものを持ちたい〉さっそく業界関係者、ダイエー関係者を通じて、ダイエーには球団を売る意思があるかと非公式に打診した。だが、その意思はないとの答えが返ってきた。
が、孫はあきらめなかった。買収できるタイミングを虎視眈々と待ち続けてきたのであった。ソフトバンクにとっては、またとない機会が訪れたのである。
本音をいえば、ソフトバンクとしては、せめてADSL事業が黒字となってから、ダイエーホークスを買収したかった。だが、もしも産業再生機構にそのまま吸収されてしまっては、買収するのが難しくなる。急遽、買収の意思を伝えることになった。
幹部の笠井和彦は、さっそくソフトバンクを代表して産業再生機構へと出かけた。孫が直接出かけていけば、いろいろと騒ぎになることは目に見えている。笠井は、産業再生機構社長の斉藤惇に言った。
「もし球団を手放す場合には、我々は買収に興味を持っています、とダイエー首脳にお伝えください。さらには、産業再生機構にもバックアップしていただけるようにお願いします」
10月18日、孫は福岡入りする。ところがその朝、驚くべき記事が躍った。
「ソフトバンク、プロ野球のダイエーホークス買収に名乗り、来季参入目指す」
朝日新聞がすっぱ抜いたのである。
その午前中、福岡市に乗り込んだ孫は、記者会見を開いた。福岡ダイエーホークスの買収に乗り出すことを発表した。
孫は語った。
「私は九州出身。会社の創業の地も福岡。球団を所有するなら福岡におけるホークス1本に絞り、強い関心を持っていた。2002年から水面下で打診していた」
新球団の設立にむけて躍起となっている楽天、ライブドアに触発されたわけではないことを強調した。
さらに、本拠は引き続き福岡に置き、監督や選手も継承した形で、来季参入を目指すという。
しかも、「少年時代、3番を打ち、三塁を守っていた」と野球経験まで明かした。