「あいつにカレー食って待ってろって言っとけ」
18年程前、軍団入門1年目でダンカンさんの付き人を務めていたわたくしは、まったく会話したことのない殿から、なぜかカレーを食べるよう伝言を受けたことがありました。当時、いたくゴルフにハマッていた殿は、仕事終わりにほぼ毎日練習場を訪れ、200球程球を打つのが日課で、わたくしはそんな殿の“ゴルフ当番”となり、ダンカンさんの付き人を抜け出しては、せっせと練習場へ赴く日々が始まりました。
あの頃、世間がゴルフブームであったのか定かではありませんが、いつ行っても地上4階建てのバカでかい、客の大半がベンツでやってくる、“勝ち組野郎大集結”の練習場は満員であり、とくに殿が希望する1階真ん中あたりの打席は常に2時間待ちがあたり前で、3時間前には練習場へ赴き、ひたすら打席が空くのを待って、なんとか打席を確保すると、ボールをセットして殿が到着するのを駐車場で待つのです。
で、ある時、殿のベンツだと勘違いして駐車場に入ってきた車のドアを開けると、思いっきりアウトレイジな方が降りてきて、死ぬほど肝を冷やしたこともありました。そんなミスがありながらも、ど真ん中を確保することだけに1日の全てを賭け、なんとかこなしていたわたくしに殿が、
「あのあんちゃん。打席取るのやたらうめ~な」
と、運転手に漏らしていたと聞き、がぜん燃えに燃えて打席確保に精を出したのです。しかし、笑いとは何の関係もない、誰でもこなせる練習場の打席確保を褒められ、舞い上がっていたわたくしは、つくづくおめでたい奴です。
まーわたくしの単細胞ぶりはさておき、とにかく来る日も来る日もひたすら打席を確保し続けたある日、いつものように練習場で待機していると、殿の運転手から電話が入り、「北郷、殿から伝言で『あいつにカレー食って待ってろって言っとけ』って言われたから。カレー食べて待ってなよ」と、冒頭の連絡を受けたのです。運転手の方が言うには、そんなこと、今まで一度もなかったとか。で、なぜにカレーを指定されたのか? 今思い返しても謎です。とにかく、言われたとおり場内のすこぶる値の張る店でカレーを平らげ殿を待つと、現れた殿は、
「お前、カレー食ったか?」
と、やはりよくわからない確認をされてきたのです。確か、このやりとりが弟子になって殿と初めて交わした会話でありました。
それから3日後、例によって練習場で打席取りに精を出していると、またまた殿の運転手から電話が入り、「北郷、殿が今日は後で焼き肉を食べにいくから、飯は我慢して待ってろって」と伝言があり、その日、練習を終えた殿から、
「あんちゃん、車乗っちゃえ」
と指示されると、そのまま「叙々苑」へと連れていかれ、弟子になって初めて、殿からご馳走になるという、幸せだが猛烈に緊張する一夜を体験したのです。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!