「俺が子供の頃なんて、日曜日にデパート連れてってもらって、帰りにレストランでカレーなんて食わせてもらったら、とんでもないぜいたくした気分になってたけどな」
殿は、普通にカレーが大好物です。「普通に」と書いたのは、“どこそこのカレーじゃないとダメだ”とか“あそこのカレーを買ってこい”といった、うるさいグルメっ子ではなく、弁当などでカレーが出ると、“おっ、今日はカレーか。こりゃ食べなきゃな”といった具合の、いたって標準的なカレー好きです。
以前、1階が殿の仕事部屋、2階が軍団の寮になっていた「等々力ベース」で、2階に住んでいた義太夫さんがカレーを作りだすと、殿はその匂いを嗅ぎつけ、
「何? カレー煮るの?」
と、わざわざ2階に上がってきては、まるで子供のように聞いてきたそうです。
殿はその日、夕方には外食の予定だったのですが、結局、カレーの魔力に負け、外へ出ることなく、おとなしく義太夫さんたちとカレーを食したといいます。
その時、「しかし、取り得のねーカレーだな!」と、毒づきながらも、誰より早くきれいに平らげ、言葉とは裏腹に、表情は実に満足そうに、自身の仕事部屋へと戻っていかれたそうです。
去年、ドラマ出演のためダイエットに入った頃、テレビ局の殿の楽屋に、実に食欲を誘う、香ばしいカレー弁当が用意されていたことがありました。
殿は楽屋に入るなり、すぐさまチラッとカレーに一度目をやると、「俺はダイエット中だから、お前、食べちゃえよ」と、こちらに勧めてきたのです。わたくし、さすがに気が引けましたが、師匠が「食べろ」と言うのなら、もうそれは黙って頂くのがこの世界。ですから、なるべく殿の視線に入らない所で、静かに、そしてスピーディーにカレーを頂きました。で、もろもろ打ち合わせを済ませた殿は、番組収録まで30分程、特に何をするでもなく待ち時間に入ったのです。
待つこと10分。殿はおもむろに立ち上がり一度トイレへ。その時、またカレーにチラリと目をやりました。そしてトイレから戻ってきた殿は、もう一度チラリとカレーに視線を向けてから、静かにソファーに座り、再び番組収録を待ったのです。楽屋の中は大変静かで、カレーの香りだけが漂い、ゆっくりと時間だけが過ぎていきました。そして、いよいよ収録まで10分といった時間に差し掛かった時、おもむろに立ち上がった殿は、ツカツカとカレー弁当が積まれている棚の前へやって来ると、刺すような視線をカレーに向け、凝視すること20秒──。
「やっぱり駄目だ! 我慢できねーな。ルーだけでも食うか! あれだな。きっとこうやって、またクスリに手を出すんだな。そりゃやめられないはずだわ」
と、“オイラは生粋のカレージャンキーである”発言を何食わぬ顔で放り込むと、一人静かに、そして、大変スピーディーに、カレーのルーだけを口に運んだのでした。
ビートたけしが責任編集長を務める有料ネットマガジン「お笑いKGB」好評配信中!
◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!