高校野球に限らず、野球全般を通して最も盛り上がる決着がサヨナラゲームだろう。特に高校野球は負けたらそこで終わりという3年生の存在が、勝敗をより劇的なものにするスパイスとなっている。そんなサヨナラゲーム、だいたいがサヨナラヒットやサヨナラエラーで決着するケースなのだが(サヨナラホームランは夏の大会でこれまで19本が飛び出している)、中にはこんな驚きの試合もある。
その一つ目が67年第49回大会の1回戦、報徳学園(兵庫)対大宮(埼玉)の試合である。この試合、9回表を終わって大宮が3‐2とリード。その裏の報徳の攻撃も2アウトランナーなしで、大宮の勝利が目前に迫っていた。ところが、ここから報徳は四球と左中間三塁打で同点に追いつくのである。そしてこの報徳の3塁のランナーがポイントだった。なんと100メートルを11秒で走る俊足の選手だったのだ。大宮の投手のモーションが大きいのを見た報徳ベンチはここで“走れ”のサイン。カウント2‐2からホームスチールを敢行し、みごとにホームイン。この報徳の“サヨナラホームスチール”という奇手の前に大宮は初戦で甲子園を去ることとなったのである。
二つ目は14年第96回大会1回戦の市和歌山対鹿屋中央(鹿児島)の一戦。試合は市和歌山の右腕・赤尾と鹿屋中央の左腕・七島という両先発の投げ合いで1点を争う好ゲームとなっていた。そして1‐1のまま突入した延長戦の12回裏、鹿屋中央の攻撃の時にその残酷な幕切れが訪れる。この回、鹿屋中央は敵失と送りバント、ヒットで1アウト一、三塁と一打サヨナラのチャンスをつかむ。ここで次打者にはスクイズをさせず、強行策に出たが、打球は市和歌山のセカンド・山根のグラブへ。この状況、セオリーならバックホームか二塁経由のダブルプレーを狙いにいくハズなのだが、1アウトにもかかわらず、なんと山根は一塁へ送球。この間に三塁からサヨナラのランナーが生還するというまさかの幕切れとなってしまった。山根は市和歌山の監督から「守備はピカ一」と評価されていて、和歌山大会では無失策、この試合でも2つの併殺を完成させ、先発の赤尾を盛り立てていたほどの名手だった。それほどの名手が何故?
実は絶体絶命のピンチで、ベンチの指示は「本塁で刺すか、状況次第で二塁、一塁での併殺」。これがセカンド・山根の判断を惑わせたのである。さらに不運が重なった。試合後の山根の談話によると「バウンドが変わって捕り損ね、頭が真っ白になった。パニックになり、知らぬ間にファーストに投げてしまった」。
甲子園の独特の雰囲気が最後の最後で山根にいつものプレーをさせなかったのである。それはまさに甲子園に棲むという“魔物”の仕業。“一寸先は闇”といった野球の怖さを教えてくれるサヨナラゲームであったといえよう。
(高校野球評論家・上杉純也)=敬称略=