一方、金正恩氏が「乱心者」と言われるのは、10名以上の側近をことごとく粛清したからにほかならない。しかし、その「敵と味方を見分ける嗅覚こそ天才的外交術だ」と喝破するのは、北氏である。
「正恩氏は乱心者ではなく、大国が本気で潰そうとしても潰せない天才的な外交術の持ち主。それが初めて発揮されたのは13年、叔父で正恩体制のナンバー2だった張成沢氏の処刑です」
張成沢氏は、行政・軍務の重職にあったばかりか、金正日体制時には、北朝鮮と中国のパイプ役として、その権勢を誇っていた。ところが、この「親中国」のスタンスが「国家転覆を図った」として粛清されたのだ。
「張成沢氏の処刑により、金正恩体制が中国と一線を画すことを世界に知らしめた。中でも米国に対して『中国の圧力で北朝鮮を動かすことはできない』と暗に宣言したのです」(前出・北氏)
その後、金正恩氏の反米闘争は、瀬戸際外交からより具体的な攻撃を予告するミサイル外交という“情報戦”にエスカレート。8月10日に発覚した「日本の島根、広島、高知各県の上空を飛び、グアムから30~40キロ離れた海面に着弾する」といった挑発に、大国もなすすべがないのが現状だ。
「金正恩氏はグアム海域にミサイルを撃ち込むつもりはなかった。決定的な証拠となったのが、朝鮮中央テレビが報じた戦略司令部内の映像にあるグアム基地の写真が6年前のものだと判明したこと。これは軍事作戦ではありえないことで、完全に“撃つフリ”でした。ミサイルも核実験も、外交面での大きな武器になるのです」(李氏)
北朝鮮は現在、声明で日米韓に警告を発しつつ、同時に水面下で交渉を行っているというからタチが悪い。前出・李氏によれば、
「米国は“親北”にシフトし始めた韓国を警戒し、直接、真意を確かめようとしています。ニューヨークの北朝鮮の国連代表部と、米国6カ国協議会との間で、半年ほど前から話し合いは保たれていて、近々、米朝交渉のキーマンと言われる北朝鮮外務省の崔善姫北米局長がニューヨーク入りする、という情報もあります。しかし核保有国として認めてほしい北朝鮮と、認められない米国の話し合いは平行線のようです」
「核保有国」こそが究極の外交カードであるだけに、まさに北朝鮮は、「最後の切り札」としてミサイルの増産に邁進する雲行きだ。惠谷氏が警鐘を鳴らす。
「北朝鮮のミサイル核弾頭完成は、米国防総省は2年と読み、一部の研究者は1年以内と見ている。米朝はもはや話し合いで矛を収める気はないでしょう。核小型化の成功が早いか、その前に米軍が先制攻撃を仕掛けるか。近いうちに状況が大きく動く可能性がある」
金正恩氏の天才的な外交術に対抗する策はあるのか。迷走続くトランプ政権と日米同盟の真価が問われることになりそうだ。