当時、ネット局の少ない東京12チャンネル(現・テレビ東京)の番組ながら、全国津々浦々から買い注文が殺到した。番組開始から15年も「井坂十蔵」を演じた瑳川哲朗(80)が、革新的な番組作りを回顧する。
── なお、死して屍拾う者なし、死して屍拾う者なし‥‥。あのオープニングナレーションは、これまでの王道的な時代劇と一線を画していたように思います。
瑳川 新しかったねえ。東映や松竹のように時代劇の伝統があるところではなく、日活の製作だったから斬新にできたんだと思う。
── スタートは70年、大阪万博の年に、ウエスタン調のテーマ曲も含め、先取りしていました。
瑳川 恐らく「スパイ大作戦」を下敷きにしていたんじゃないかと思うけど、時代劇で「集団ヒーロー型」というのは最初だった。それまで主役は1人、もしくは道行の2人というのが型だったわけです。
── それにしても「隠密同心」は、変装や潜入などスパイ的な要素を次々と繰り出していきます。
瑳川 ナレーションの「死して屍拾う者なし」にもあるように、自己犠牲の精神だよね。私は大河ドラマ「三姉妹」(67年)で近藤勇もやらせていただいたけど、この井坂十蔵も同じで、自分の命を顧みず、大義をなす部分で共通していた。
── 番組は長らく、日産自動車の1社提供でした。
瑳川 おもしろい話があって、日産の枠なのに、トヨタ自動車の社長が毎週欠かさず観ていたというんです。それが日産の皆さんにも自慢だったみたいで。
── 良質な番組のテーマ性は、ライバル会社の垣根を取り払うということですね。さて、どこかニヒルなイメージの井坂十蔵という役に関しては?
瑳川 15年で666話もやらせていただいた。そうなると瑳川哲朗より井坂十蔵で覚えている方のほうが多い。もしくは「ウルトラマンA」(72年、TBS系)の竜五郎隊長とか。役者にとっては役名で覚えていただくのはありがたいことです。
── 特撮と時代劇の違いはあれど、悪を倒す正義感の強さは同じですね。
瑳川 撮影所がどちらも成城にあったから、掛け持ちするのもラクだった(笑)。
── 番組の主役は初代が杉良太郎、二代目が里見浩太朗、三代目が松方弘樹。
瑳川 それはいずれも時代劇の大スターの方々ですから、素養はすばらしい。そして、それぞれに性格の違いがある。僕は酒を飲めないけど、松方さんなんて朝まで飲んでそのまま撮影にいらっしゃる。アイスペールにブランデーを入れて回し飲むような豪快さも、松方さんが最後でしょうね。
── さて今年は、蜷川幸雄の追悼興行として「マクベス」の舞台に出演中。秋には海外の公演も予定されているとか。
瑳川 シェイクスピアの原作だけど、これは完全な時代劇なんです。思えば、近藤勇や井坂十蔵で始まった役者人生を、同じように時代劇で締めくくるということに縁を感じますね。