珠玉の昭和歌謡をジャズテイストにアレンジしたアルバム「1969」が欧米を中心にスマッシュヒット。由紀さおり(63)が再び脚光を浴びている。アルバム収録曲にして、彼女の代表曲といえば「夜明けのスキャット」。今の時代になぜこれがウケるのか。
*
「ジャズアレンジにしたことがヒット要因の一つになっていると思う。単なる『懐メロ』ではない大人の音楽として、名曲を再生することができたのです」
こう語るのは、音楽評論家・富澤一誠氏である。「夜明け──」といえば誰しも「ルールルルー」というあのフレーズを思い出すが、曲調がジャズに‥‥。
その成功の秘訣を「由紀さおりという歌手が持つ異才にある」と話すのが、編曲者にして、日本を代表するジャズピアニスト・渋谷毅。由紀とは、「生きがい」「初恋の丘」などの作曲者として、また後年には、由紀が姉の安田祥子と共演したアルバムでも作曲を担当するなど、縁は深い。
「レコーディング当時からのことですが、由紀さんの魅力といえば、ひときわきれいな歌声とフラットな‥‥素直な歌い方です。だからこそ、ジャズというジャンルでも、クセなくスッと入り込むことができた。彼女以外の人が歌って、同じような成功を収めたかどうかは正直わかりません」
渋谷によれば、(由紀の歌唱力を認めたうえで)たとえ歌がうまくても、ジャズというジャンルにフィットするか否かは、また別物だという。例えばクラシック出身の場合、「僕には、歌い方がややヒステリックに聞こえてしまう」
というから、そう簡単にはいかないようなのだ。もっとも、かつてジャズを歌って評価が高かった故・美空ひばりなどは、「あそこまで技巧があれば、また別次元の話」
いずれにしても、ナチュラルな歌声が効を奏したことに間違いはないだろう。
とまれ、40年以上という長い年月を経て、再びファンの心をトリコにした佳曲。その誕生に関わった渋谷からは、こんな意外なエピソードも飛び出した。
「作曲者の中には、主旋律以外はおおまかに編曲者に任せる人もいるのですが、(「夜明けの──」作曲者の)いずみたくさんは細かく指示する人でした。何といっても、うたごえ運動(合唱曲などを広める平和運動)などでも、積極的にリードしてきた方でしたから、こだわりは強い。編曲を任された時も『渋谷君、イントロはこんな感じで』ってね」
いずみが特にこだわったのが、そのイントロ部分。実は、ある「名曲」にヒントを得ていたというのだ。
「サイモン&ガーファンクルの『サウンド・オブ・サイレンス』です。イントロのギターはあの曲にインスパイアされている。ちなみに、由紀さんのレコーディング時にイントロ演奏を担当したのはジャズミュージシャンでした」(渋谷)
なるほど、言われてみれば、イントロ部分は「サウンド──」に似ている。アレンジしだいではギター演奏ではなくなるため、今までそれと気づくファンも少なかったのかもしれない。あの美しい旋律は、大作曲家・いずみたくをも魅了していたのである。
ジャズテイストとしてよみがえった現代の「夜明けのスキャット」と照らし合わせてみると、実に運命的な出来事にも思えてくるのだ。