東京電力・福島第一原発事故により11年4月から、同原発半径20キロメートルに「警戒区域」という名の立ち入り禁止地帯が設けられ、1年半以上が経過した。驚くべきことにこの無人地帯では、今でも窃盗が横行しているのだ。
警戒区域設定からちょうど1年の今春、東京から国道6号線を北上すると、福島県双葉郡広野町と同郡楢葉町との境界で多数の警察官によるものものしい検問に遭遇した。当時の警戒区域南端の検問所である。
ここを越えて区域内に入ると、倒壊したままの家屋、路上に飛び散った屋根瓦やひび割れた路面など、ほぼ震災直後の様相が放置されたままだ。
市街地では、店舗のガラスが派手に壊されている光景を目にすることがある。多くはコンビニや金融機関。事故直後に窃盗犯に狙い撃ちされたらしく、内部は強引にこじあけられたATMが無残な姿をさらしている。
しかし、現在でも警戒区域内では窃盗被害が続いているという。事故前に区域内で勤務していた医療従事者が語る。
「先日、一時帰宅した同僚から、区域内の薬局から、睡眠導入薬や向精神薬を中心に医師の処方箋が必要な医療用医薬品が数多く持ち去られていると聞きました」
向精神薬はネット上のブラックマーケットなどで商品価値が高いため、盗難の標的になりやすいのだ。
また、一般家庭での被害も報告されている。今年10月に5巡目の一時帰宅で浪江町の自宅に行った男性会社員は、自宅の窓ガラスが割れ、衣類の一部が玄関先に丁寧に畳んで積み上げられているのを目にした。
「うちにある衣類の中では比較的高めのものばかり。すでに多くの住民は過去の一時帰宅で貴重品を持ち出しているので金目のものはほとんどない。だから窃盗犯も最近では狙いを定めて、1軒の家にこまめに入って時間をかけてモノを選別、ある程度たまった段階で持ち去ろうと準備していたわけですよ」
とりわけ窃盗被害が多かったと言われているのが、今年に入って警戒区域が解除された双葉郡楢葉町や南相馬市小高区といった地域だ。ともにかつては区域外との境界線に位置したため、ヒット・アンド・アウェイ的に窃盗犯が侵入しやすい環境にあったからだ。
現在、いわき市で避難生活を送る50歳代の楢葉町民の女性も今年6月の4巡目の一時帰宅で窃盗被害を発見した。
「虫干しする着物を持ち帰るためタンスを開けたら、2月の3巡目の一時帰宅時は確かにあった中身は空っぽ。あとで裏口が壊されているのがわかってガッカリ」
ある楢葉町の関係者は、
「警戒区域設定以降、1年間で公式にわかっているだけで窃盗被害は数十件だが、被害届の出ていないものはこの数倍に上るはず」
と説明する。
もっとも今春以降、警戒区域は再編により縮小し続けており、楢葉町も8月に全域が警戒区域を解除され、避難指示準備区域となった。宿泊は不可だが、住民、外来者ともに出入りは自由となった。楢葉町では自警組織のパトロールなどを強化し、解除以後に目立った被害は報告されていない。だが、前述の地元関係者は次のように警告する。
「警戒区域境界線が楢葉町・富岡町境界まで北上し、富岡町はかつての楢葉町と同様の地理環境になった。今後、富岡町の窃盗被害が増える可能性がある」
その富岡町でも現在、警戒区域再編が検討されている。さらに別の「被害」発生も懸念されるという。
「警戒区域見直しのたびに境界線は福島第一原発に近づき、その境界周辺が窃盗犯の草刈り場になる。しかも場所が場所だけに、盗品は高濃度の放射能汚染を受けている。それが何も知らない一般人の手に渡る危険があります」
この10月、私は再び警戒区域入りした。そこではすでに国道6号線周辺ですら、背の高い草に覆われていた。その勢いは窃盗犯の侵入をも覆い隠してしまうかもしれないほどだ。
避難地域の窃盗被害も、国の政策に翻弄され続けているのだ。
(ジャーナリスト・村上和巳)