6年程前、殿の元へ弟子入り志願に来ていた一人の青年がいました。彼、毎週とある番組終わりに出待ちをしては「弟子にしてください」と訴え、断られること半年──。が、ある日突然、弟子入りをあっけなく許されたのです。その時の会話を記します。
青年 弟子にしてください。
殿 あんちゃん、犬の世話とかできる?
青年 犬! 犬ですか? あっ、はい(殿の言ってる意味がよくわかってない様子)。
殿 じゃーよ。来週から俺んとこ来いよ(来週の収録のスタジオに来いと)。詳しいことは北郷に聞いてよ。じゃーな。
そう告げると、殿は帰っていかれたのでした。
そして翌週、スタジオにやってきたその青年を見た殿はすぐさま、
「あんちゃん、犬の世話できんだろ? だったらよ、当分の間、芸名はシェパード太郎だ!」
と瞬時に仮の芸名を命名したのです。殿はこの頃、大型犬のシェパードを飼い始めた時期であり、その犬の世話をする人材を探し求めていたのです。
で、そのシェパード犬、名前を「ミケ」といい、生まれたばかりの頃、殿が一度楽屋に連れてきたことがありました。“大変優れた血統書付”といった触れこみの子犬は、精悍な顔つきからにじみ出る“品の良さ”を漂わせており、わたくしが「賢そうな顔してますね。やっぱり血統って大事なんですね」と、称賛の声を上げると、気をよくした殿は、
「当たり前だよ。北朝鮮から逃げてきた、お前なんかと血統が違うよ。気安く触るな! バカがうつる」
と、めちゃくちゃなツッコミを入れてくるのでした。
当たり前ですが、わたくし、脱北した過去は1ミリたりともございません。それはさておき、殿が溺愛していたミケは殿の発案により“賢い犬”になるべくしばらく、警察犬学校に預けられたのです。そんなミケについて殿は事あるごとに、
「今、俺のミケが警察犬の学校で訓練をしてんだけどよ、あいつは相当優秀だから、警察犬の大会でチャンピオンになるんじゃねーか」
と、ミケの成長ぶりをことのほか楽しみにする発言を連発していました。しかしながら、その発言を聞いた誰もが、“いやいや、警察犬の学校で訓練してるだけで、ミケは警察犬にはならないのだから、警察犬の大会には出られないでしょ”と、各自、胸の中でツッコミを入れたのは言うまでもございません。そして半年後、すっかり成犬となり、殿のもとに戻ってきたミケでしたが、半年ぶりに会った殿にまったくなつかず、殿が何を言っても知らぬ存ぜぬの態度を決め込むという、なんとも悲しい事態が発生したのです。そんなミケを目の当たりにした殿は、
「なんだ。全然、俺の言うこと聞かねーじゃねーか! ちくしょ」
と嘆き、すっかり“ミケ熱”が下がってしまったのです。あの日以来、殿の口からミケの名前を聞いたことは一度もございません。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!