まさに「最強の高校生」となる藤井だが、気になるのがライバルの不在だ。朝日杯の優勝を受けて、永世名人の称号を持つ谷川浩司九段(55)は、
〈20代・30代の棋士に対しては、「君たち、悔しくないのか」と言いたい気持ちもあります〉
と公式コメントを発表したが、
「言葉を選ばずに言うと、悔しがっている人は少ない。なぜなら、プロ棋士たちはみんな『藤井聡太は別格だ』と認めているからです。将棋における勝敗は、ある種の“強者への信頼”が大きく影響します。例えば『いいか悪いかわからないが、羽生さんが指したからには好手だろう』と考えたり、トップ棋士に対して形勢が悪くなると『挽回は難しい』と諦めることがある。今後は藤井さんに対してもそういう心理が働くことになり、さらに勝ちを重ねていくと思います」(松本氏)
現在、10代のプロ棋士は藤井ただ一人。プロ予備軍の奨励会「三段リーグ」にも、同年代はほぼいない。
「切磋琢磨して実力を伸ばした『羽生世代』とは異なり、藤井一人が孤高の存在として年上の棋士に立ち向かっていく構図がしばらくは続くはず」(将棋ウオッチャー)
そうなると藤井の「仮想敵」には、昨年に対将棋プログラムの棋戦・電王戦で佐藤名人を破った「ponanza(ポナンザ)」のようなAIしか思い浮かばない。早稲田大学教授で、コンピュータ将棋協会会長の瀧澤武信氏に話を聞いた。
「コンピュータ将棋は昨年の段階よりもさらに強くなっていて、ほとんど人間が勝負にならない域にあります。100%勝てる、というわけではないのですが、演算能力や体力面で前提条件が違いすぎて、人間対コンピュータの対局にはもはや意味がない、と開発者たちは考えているのが現状ですからね」
事実、10年から形を変えて続いてきた電王戦は、昨年をもって終了。現在の将棋界に、棋士とAIが対局する大舞台はない。だが、藤井を最も近くで見続けてきた杉本七段は断言する。
「プログラマーの方に聞くと、『AIが将棋の全てを解明したわけではない』とおっしゃっていました。であれば、藤井にも十分勝てる可能性はあると私は思います。本当に対局するとなると、少なくとも数カ月は人間相手の研究をやめて『対コンピュータ』の研究に集中する必要があるので、現実的ではないかもしれませんが‥‥」
来る3月8日、王将戦一次予選の2回戦で、杉本七段はまな弟子との「公式戦初対決」を迎える。実は約6年の師弟関係において、ハンデなしの「平手戦」での対局は100回に満たないという。
「将棋のタイプが違うこともありましたが、指さなくても藤井は勝手に強くなるので、他の弟子と指すことのほうが多かったです。弟子入りした小学4年生の頃から強かったので、私のトレーニングのためにも指したかったですけれど(笑)」
藤井の成長を引き出そうと「指導」を兼ねた対局で、杉本七段の勝率は3割未満。特にこの1年はずいぶん負けた、と苦笑する。
「とはいえ、公式戦にはそういう感情は持ち込みません。持ち時間が3時間の長丁場は初めてなので楽しみです。藤井に『段位ではまだこちらが上だから、上座は譲らないから』と言ったら、『わかりました』と笑っていましたね。関西将棋会館での対局で、いつもは前日入りしているのですが、今回は前々日入りする予定です」
気合い十分の師匠越えで、「高校生賞金王」への道を切り開けるか。