フィギュアの羽生結弦が五輪で「金」を取ったその日、将棋界のレジェンドから「大金星」をあげた藤井聡太六段。プロ入りから初勝利、一般棋戦優勝(六段昇段)と最年少記録を塗り替えてきた天才棋士は、高校生になってどんな「出世街道」を歩むのか。次なる大一番と過熱する「藤井バブル」の先の先を読む!
「藤井の出来がすごくいいな。羽生竜王相手に一歩も引かず、終始攻めの姿勢で立ち向かっている──」
2月17日、東京・有楽町で行われた第11回朝日杯将棋オープン戦の会場で、準決勝の藤井聡太六段(15)と羽生善治竜王(47)の対局を観戦しながら、藤井の師匠、杉本昌隆七段(49)はそう感じていたという。
藤井は同トーナメントにおいて、準々決勝で佐藤天彦名人(30)に勝利。続いて、昨年12月に「永世七冠」を達成した羽生と激突するとあり、戦前から高い注目を集めていた。
公式戦初となる両者の一戦は、開局早々からスリリングな駆け引きが盤上で繰り広げられた。将棋ウオッチャーが解説する。
「先手の藤井が、序盤で角交換して互いに持ち駒にしながら進んでいく“角換わり”の陣形を目指したのですが、羽生はそれを避けて、今の将棋界で流行中の“雁木”に構えました。羽生といえば、進んで相手の土俵に乗って戦うイメージがあるだけに、とても驚きました」
百戦錬磨の羽生でさえ、一筋縄ではいかない強敵として警戒を強めていたということか。しかし、藤井はさらにその上をいく。
「藤井がハッキリと流れを引き寄せたのは79手目の4三歩。玉と金2枚が利いているところに打った『焦点の歩』でした」(前出・杉本氏)
焦点の歩とは、相手の駒がたくさん利いているところに歩を打ち込むことで、その対応しだいで相手の陣形を乱したり、または隙を生じさせるもの。「焦点の歩に好手あり」は将棋界の格言の一つだ。杉本七段が続ける。
「歩を打ったタイミングが絶妙でした。直前に羽生竜王は藤井の銀を自身の銀で取っていて、普通の感覚ならその銀を取り返す“銀交換”の流れになるのですが、藤井はそれをやめて、歩を打って王手をかけた。恐らく、さすがの竜王も意表を突かれたと思います。竜王といえば、相手の想像しない妙手を指す“羽生マジック”が有名ですが、藤井の4三歩もそれに近いものだったと思います」
鮮烈な一手は、羽生の動揺を誘った。焦点の歩から3手後に訪れた勝敗の分け目を、将棋ライターの松本博文氏が解説する。
「両者ともに持ち時間がなくなり、一手60秒未満で指さなければいけない“秒読み”に入って、先を読むのが難しい状況でした。しかし、その後の9九銀が、羽生竜王にしては珍しく、判断ミスと言わざるをえない手だったのです。コンピュータで対局の解析をしても、その一手が明らかな失着。形勢は一気に藤井さんへ傾きました」
そのまま羽生を押し切ると、迎えた決勝戦でも、A級在籍のトップ棋士である広瀬章人八段(31)を相手に勝利を収める。
デビューからの29連勝という快挙は日本中を熱狂させたが、今回成し遂げた「永世七冠撃破」の大仕事で、以前にも増して「藤井バブル」が過熱しそうな勢いなのだ。