昨年、引退した30代の騎手の中には調教の乗り馬の確保にも行き詰まり、プライドを捨てて20代前半の若手騎手の下でバレット(騎手の馬具を準備するなどの補佐役)のアルバイトまでしている者もいたという。ベテラン厩務員が打ち明ける。
「普通は縁戚関係者や大学の乗馬部の生徒が勉強のためにやる仕事。若手騎手によると、『やらせてくれ』と頼まれたそうで、1日7000円の契約だったそうです。たぶん年収が500万円を割り込み始めていたんでしょうね」
こうした騎手は、先の豪華ランチ騎手とは対照的に食事も安い大衆居酒屋で割り勘。稼げない騎手でも年収500万円前後という現実は、一般のサラリーマンにとってはぜいたくな話だろうが、騎手の世界ではドン底の格差なのである。
昨年、1勝もあげられなかった騎手は29名。うち3名は100回以上の騎乗機会があったが、23人もの騎手がバタバタと早期引退を決意した背景には、前述した厩舎の運営システムの変更があるという。前出のデスクが解説する。
「一般的に厩舎は20馬房を所有していて、調教助手と厩務員の10名ほどで2頭ずつ担当し、その他に攻め専と呼ばれるスタッフがいます。彼らの給料は最低の1号から最高の10号までのランクに分かれ、年齢とともに上がっていくシステム。担当馬が重賞を勝ったからとか、能力試験で上がるものではない。新人は月給20万円ほどで、10 号のベテランなら60万円ほどです。騎手が調教助手に転向すれば、その年齢に応じて、例えば5号からスタートするなど、それなりの給料をもらえたんですが、今春から一律に1号スタートになる。家族もいる30代騎手がいきなり20万円スタートとなれば、その前に駆け込み引退して、まだ変更前のシステムにのっとった給料を確保しようと‥‥」
昨年、「負け組騎手」から相談されたベテランのトラックマンによれば、
「1人は30代妻子持ちで、『生涯賃金に換算すると2000万円以上も変わってしまう』と嘆いていました。若手騎手時代なら1年で稼いでいた金額だけに、複雑な心境ですよね。ただ、担当馬を持てば、騎手同様、5%の賞金が入りますからね。騎手でくすぶり続けるよりも転身を選ぶほうが賢明な選択だと思いました」
ただ、昨年駆け込み引退した重賞勝ち経験のある30代騎手は、「お金だけじゃないんですよね」と話していたという。ベテラントラックマンが続ける。
「本音は『何としても(騎手に)しがみつきたい』でした。たとえ未勝利戦だろうと、ウイナーズサークルのお立ち台こそが、騎手冥利に尽きる瞬間だったそうです」
とはいえ、転身した厩舎が傾く可能性もあり、競馬界の格差は簡単には解消されそうにないのである。