不退転の決意でアベノミクスを推し進めている安倍晋三総理(58)が、雇用制度改革の最大の目玉政策として検討してきた「会社員クビ切り法案」。だが、これを6月に発表予定の「3本目の矢」に当たる成長戦略には盛り込まないとの方針を固めた──。こんな「朗報」が永田町を駆け巡ったのは5月半ばのことだった。
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今回、見送られることになったのは、事前に「手切れ金」を支払えば正社員をクビにできる「金銭解雇法案」や、一定収入以上のホワイトカラーを対象に残業代をカットできる「残業代ゼロ法案」など、余剰労働力の流動化を大義名分にサラリーマンを恐怖の底に叩き落とす「解雇自由化」をニラんだ各種の関連法案。実際、この朗報を聞いて胸をなで下ろした読者諸兄も少なくなかったはずだ。
だが、うまい話には裏があるのが世の常。案の定、今回の見送りも、本質は最初にサラリーマンをぬか喜びさせ、最後はだまし打ちにて切り捨てごめんという「おためごかし」なのである。
安倍総理がクビ切り法案の代わりに、秘密裏に準備を始めた激憤モノの新法案についてはのちに詳述するが、そもそも今回の急転直下の方針転換自体が政治的な思惑に満ちた茶番劇だった。
見送られた2つの法案の中身については、本誌もいち早く取り上げた。安倍総理に近い自民党幹部は、
「総理はマスコミ世論や労働界から沸き起こった予想外の反発を見て慌てふためいたんですよ」
と前置きしたうえで、舞台裏を明かすのだ。
「6月発表の成長戦略にクビ切り法案を盛り込めば、翌月の参院選で描く圧勝シナリオに狂いが生じかねない。右肩上がりを続けてきた内閣支持率が横ばいに転じたのも同法案のせいかもしれない‥‥。こう考えた総理は急きょ、成長戦略を所管する甘利明経済再生担当相(63)に命じて、法案を棚上げさせたのです」
しかし今度は、解雇自由化を求める産業界から猛烈な反発の声が続出。そこで安倍総理は法案見送りを表明する一方で、本誌が5月23日号で続報した「準正社員化法案」による雇用制度改革──すなわち、年収400万~500万円の中間層サラリーマンを「準社員」なる名称の下、実質的なアルバイトに切り替え、年収100万円前後にまで叩き落とす新システムを繰り出した。それでも「解雇の自由化なくして経済の成長はありえない」「もっと簡単にクビを切る方法はないのか」という身勝手な要望が噴出。参院選での圧勝を逃すのは困るが、産業界を敵に回すのも避けたい。板挟み状態に追い込まれた安倍総理は窮余の一策に打って出た。
「事前的な金銭解雇法案」などを見送る代わりに「事後的な金銭解雇法案」を持ち出す姑息な手段に方向転換したのである。
ジャーナリスト 森省歩