実は、この「仙台カジノ構想」には、モデルケースがある。05年にハリケーン「カトリーナ」で大打撃を受けた米・ニューオーリンズが成功例としてあるだけに、その現実味も一段と高まっている。社会部デスクが続ける。
「アメリカでは、カジノが合法化されている州が多い中、原則禁止で、例外的にミシシッピー川の船上カジノだけを認めていたが、カトリーナからの復興財源の確保からカジノ解禁に踏み切ったそうです。当時の年間売り上げは500億円を超え、その後はカジノ・リゾートに変貌し、地元経済の活性化につながったといいます」
実際、アジアでも10年に2施設を開業したシンガポールは、2年余りで57億米ドル(約5700億円)を稼ぎ出したというだけに収益面だけを見ると、お台場構想などと比較しても見劣りは否めない。ちなみにラスベガスは6兆円、マカオは4兆円オーバーという試算もあるという。
だが、石原前都知事よりも3年以上前の95年12月、「お台場カジノ構想」を東京都臨海副都心開発特別委員会で提案していた望月昭廣前都議会議員は、仙台での「復興カジノ」を推奨する。
「お台場には、すでに自由の女神があるけど、ラスベガスはいらない。きらびやかなラスベガスのようなカジュアルなタイプじゃなくて、フォーマルな北欧スタイルがいいと一貫して主張しています。私が考えたカジノ構想にいちばん近いのは、仙台の復興支援カジノかな。大切なことは、その収益を何に使うのか明確にすることだと思います」
カジノ誘致に大切な地域住民のコンセンサスという面でも、仙台は東京や大阪よりも一歩リードしているという。地元のマスコミ関係者が話す。
「そもそも仙台はギャンブルに対して厳しい土地柄です。競馬の場外馬券売り場の建設に反対し続け、電話やネット投票が主流となったことで立ち消えたぐらいです。その中、カジノ誘致には積極的に取り組み、大震災の直前にも、5回目となる『東北カジノフォーラム』を開催していた」
さらに前出の社会部デスクは、推進派の議員数を仙台有利の理由にあげる。
「10年12月に宮城県議会では、超党派議員によるカジノ誘致議員連盟が発足してます。国会のカジノ議連メンバーを驚かせたのは、その時の人数です。定員61人の中で40人。早急さも懸案事項だけに、『まずは仙台から』と有力視されるようになった」
11年7月当時、宮城県名取市では1万2000人規模の署名も集まるなど、地元は歓迎ムードだった。それだけに、「復興」という目的がはっきりすれば、地域住民のコンセンサスも得られやすいという条件も整っているのだ。