たい平 二つ目になって仕事がない頃、(林家)木久扇師匠(当時は木久蔵)の絵を描くお手伝いをしたことがあって。近くに木久蔵ラーメンの店があり、「昼と夜はそこで何を食べてもいいよ」って言われたんですけど、木久蔵ラーメンしかない。それだけが苦痛でしたね(笑)。「笑点」の地方収録の夜、バーで2人で飲んでて「師匠のライバルは誰なんですか」って聞いたら、「先月の売り上げ」。噺家は野球選手みたいにアベレージ(打率)は出ない。だから、先月より売り上げがあったということは、自分を必要としている人が増えたということだって。すごい哲学。
鶴光 (月の家)圓鏡師匠(のちに八代目橘家圓蔵)と飲んだ時、よく「銭のとれる噺家になれよ」て言うてた。
たい平 僕の師匠も「100席できるより、林家こん平にできるネタを3つ持っているほうがプロとして強いんだよ」って。
鶴光 美大から噺家になったんやね。
たい平 武蔵野美大に入って、落研の部屋をたまたまのぞいたら、先輩たちが廃部の相談をしていて。そのまま入ったんですけど、落語に興味があったわけじゃない。大学3年の夜、アパートで絵を描いている時にラジオから流れてきたのが、(五代目柳家)小さん師匠の「粗忽長屋」。大好きな星新一のショートショートみたいな世界があったもんで。それからですね。
鶴光 普通なら小さん師匠のとこ入門するやんか。どうしてこん平師匠に?
たい平 子供の頃から見ていた「笑点」で、いちばん端のオレンジの着物の人がチャラーンって、よくわかんないけど、すごいパワーだと思っていたんです。落語家になりたいと思った時に、爆笑王・三平師匠の弟子の林家一門は、みんながみんな、すごい自由に思えたんです。
鶴光 (林家)ペーさんもギターは弾けるしな。
たい平 大学を卒業して、こん平師匠の弟子になった時、親に反対されてお金もない。そしたら師匠が「三平師匠の家に留守番代わりに入れ」って。こん平の弟子でありながら、海老名家に住み込みしました。
鶴光 (九代目林家)正蔵や(二代目)三平おった?
たい平 いらっしゃいました。結婚直前の泰葉さんもいました。最初の1年は行儀見習い。で、1年たって弟子にしてもらって4年。最後にお礼奉公。で、6年半。毎日掃除するんで、もうやるところがない。庭の石を1個ずつバケツに入れて磨いたりして。退屈なんで、口笛で「ホーホケキョ」とやると、2階から女将さんの(海老名)香葉子さんが「たい平、今、庭でウグイスが鳴いた。コッチ来なさい」「どこですか?」「アレ? 声がしないわね」。また下りて鳴きマネすると「たいヘーッ」(笑)。
鶴光 あの香葉子さんでよう遊んだね。
たい平 噺家になるきっかけになった小さん師匠にもかわいがられました。ある時、特急あずさの前の席の小さん師匠がずーっと考え事してるんです。やっぱりいつも落語のことを考えているんだと思って、トイレに立った時に顔を見たら、鼻血が出ているだけでした(笑)。で、トイレで3種の巻紙作って「どれがよろしいでしょうか」って言うと、「おめー、エレーな」って。
鶴光 「時蕎麦」のあの食い方、あの顔や頬など、全てがミックスして初めてできる芸やねん。
たい平 江戸っ子の蕎麦と同じような話があって。地方の楽屋に寿司が出て、僕がお醬油をジャーッてさしたら、小さん師匠は「バカ野郎、こんなドボドボさしやがって。寿司なんてのはな、こういうふうにちょいとつけて食うもんだ」。で、1つ食べたら醬油なくなっちゃって、「おい、取ってくれ」って(笑)。
笑福亭鶴光(しょうふくてい・つるこ)1948年3月18日、大阪市出身。67年、上方落語の六代目笑福亭松鶴に入門。74年からニッポン放送「オールナイトニッポン」などのパーソナリティとして人気。東京を拠点に上方落語の発展に尽くす。上方落語協会顧問。落語芸術協会上方真打。出囃子は「春はうれしや」。師匠譲りの豪快な話芸で「相撲場風景」「三人旅」などを得意にしている。J:COMJテレにて隔週土曜「オールナイトニッポン.TV@J:COM」、J:COMチャンネル関西エリアにて毎週土曜「ジモト満載えぇ街でおま!」に出演中。「まだ寄席が開いていた3月末に噺家仲間と楽屋で会うた時、初めは笑うとったのがだんだん自虐ネタになって。最近はそういう話題すら口にしなくなってもうたね」
林家たい平(はやしや・たいへい)1964年12月6日、埼玉・秩父市出身。武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科卒業後、88年に林家こん平に入門。2000年、真打昇進。04年から「笑点」(日本テレビ系)に師匠の代役で出演、06年からレギュラー。04年と08年、国立演芸場主催花形演芸会金賞受賞。08年、芸術選奨文部科学大臣新人賞。19年、浅草芸能大賞奨励賞受賞。落語協会理事。武蔵野美大芸術文化学科客員教授。出囃子は「ぎっちょ」。BS朝日「新鉄道・絶景の旅」などに出演中。著作は「林家たい平の落語のじかん」など。「人間って素敵だなって思えるのが落語です。酔って失敗するなどダメ人間も登場しますが、本当の悪人は出てこない。人が出会う中で生まれる喜びや悲しみ、苦しみ全てを包み込んでくれます」