80年代の阪神タイガースといえば、85年4月17日に巨人・槙原寛己から放った「バックスクリーン3連発」に象徴されるように、ランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布の強力打線が印象的だ。
その岡田氏を、広島カープ時代に盗塁王3回、最多安打1回獲得した高橋慶彦氏が、自身のYouTubeチャンネル〈よしひこチャンネル〉に招いたのは7月30日だった。
その場で高橋氏は当時をこう振り返ったのだ。
「(3、4、5番の)その後(の選手)がイヤやったんよ!」
その選手とは、73年にドラフト1位で入団した阪神一筋16年の、佐野仙好氏だった。
高橋氏が言う。
「3、4、5(番)が(ランナーに)出て、残ってるランナーを全部、佐野さんが返したよね」
これには岡田氏も納得顔で、
「勝負強かったからね、佐野さんね。初代勝利打点王じゃないかな。チャンスばっかり回ってくるもんな、あの打順…」
岡田氏が回想するように、佐野氏は「最多勝利打点」が日本プロ野球の表彰項目として作られた81年にタイトルを獲得している。「勝利打点」とは、最終的にチームに勝ちをもたらすことになった得点を記録した得点打のことである。だが、88年には公式記録として廃止された(セ・リーグでは89~2000年まで特別賞として表彰)。
ちなみに「最多勝利打点」は、原辰徳氏(82、83年巨人)、小早川毅彦氏(87年広島)、秋山幸二氏(85、87年西武)、清原和博氏(88年西武)などが表彰された。
また、セ・パ両リーグで記録したのは落合博満氏(82、85年ロッテ。88年中日)ただ1人である。
(所ひで/ユーチューブライター)