88年に公開され、凄惨な暴力描写で映画界に衝撃を与えたサスペンス映画「DOOR」(アウトサイド)がデジタルリマスター版となって35年ぶりに蘇った。高橋伴明監督(73)に撮影秘話を聞いた。
高橋監督をはじめ、長谷川和彦、相米慎二、井筒和幸、大森一樹、黒沢清ら、そうそうたる顔ぶれが在籍していた伝説の映画制作会社「ディレクターズカンパニー」。そこで「DOOR」は誕生した。
制作した経緯を高橋監督自身がこう振り返る。
「本作のシナリオは、当時ディレカンが一般公募をかけて、最終選考まで残った脚本の一つでした。このストーリーで映画を撮ることに決まりましたが、誰が担当するかという話になった時に、どの監督も手をあげなかったんです。前例のないジャンルの作品でしたから、みんな失敗したくなかったんでしょうね。だから社内では自然と、私が撮らなければならない雰囲気になっていきました。こう見えて『会社のために』という愛社精神が強かったんですよ。他にそういう人はいなかったので、しょうがないよね(笑)」
Jホラーの金字塔とも言うべき本作は、ごく平凡な主婦がセールスマンの恨みを買い、電話やつきまといなどで執拗な嫌がらせを受けるストーリー。公開当時はストーカーという言葉すら存在しなかった。
「完成後、信頼する映画仲間からの感想は『世に出すには早すぎたな』という重い一言でした。ストーカー事件というテーマ、スプラッター系というジャンル、いずれも当時の観客には馴染みがなかったからね。一方で、前例がなかったからこそ既存のルールに縛られず、自由な発想で撮ることができました。もし実際にあった事件をモデルにしていたら、現実に縛られて満足のいく作品はできなかったと思う。あれから30年以上経ち、特に今の若者たちに受け入れてもらえるのか確かめたいですね」
圧巻なのはクライマックスのストーカーとの対決シーンだ。
「CGもなかった時代だから、大胆な特殊造型やカメラワークなどを試みました。その後、映画業界人から『あのシーンはどうやって撮ったんだ?』と特に質問を受けたのは、主婦がチェーンソーでセールスマンの首を斬るシーン。あれは実は首から下を床に埋めていて、胴体は人形なんです。本当はチェーンソーで首をもっと深く斬ってるんだけど、映倫(映画倫理機構)から『待った』がかかり、カットさせられてね。編集するのに苦労しました」
主婦役として主演を務めたのは、82年に結婚した妻・高橋惠子(68)。起用の理由についてこう語る。
「ストーリーがストーリーなだけに、誰も出演してくれなかったので、カミさんに『出てほしい』と頼みました。もちろん相当嫌がってましたね、特にチェーンソーの首斬りシーンは。カメラを回しながらも、無理して演技してるのをヒシヒシと感じたよ。セールスマン役は、プロデューサーが色んな人と交渉した結果、やっと見つかったのが堤大二郎君でした」
映画の撮影中は一時別居までして、それぞれの仕事に打ち込んだという高橋夫妻。今や5人の孫に恵まれ、昨年秋の「第35回東京国際映画祭」のステージには夫婦そろって登壇し、笑顔を見せた。夫婦円満の秘訣を聞くと、
「兎にも角にも“辛抱”。家では仕事の話もほとんどしませんね。カミさんは私の作品を見てくれているようだけど、私はごくたまに舞台を見る程度‥‥。見るとついつい口を出しちゃうからね(笑)」
これまで、社会で起きた実際の事件にインスパイアされて、作品を撮り続けてきた高橋監督に、今最大の関心事は何か聞くと、
「沖縄の基地問題ですかね。政府は、沖縄戦犠牲者の遺骨が含まれた土砂を、新しい米軍基地の埋め立てに使おうとしている。これまで沖縄は大きな基地負担を強いられてきましたが、同県の人口は日本全体の約1%に過ぎないため、反対を訴えても多勢に無勢という状況。こうした沖縄の悲劇を題材に、いつか映画を撮りたいですね」
御年73歳に達してもなお、創作意欲の炎は勢いを増すばかりだ。
(岡田光雄/フリーライター)