ベルリン国際映画祭で東日本大震災をベースに描いた、新海誠監督の映画「すずめの戸締まり」が2月24日に上映され、集まった世界の映画ファンを魅了した。さっそく宮城県石巻市に住む国際映画祭好きの友人から電話があり、しばし、映画談議に花を咲かせたものだ。その友人は、こう言った。
「そういえばさ、昨年は3年ぶりに東北復興ラリーが復活して、唐沢寿明夫妻も来てくれたんだよ」
この「GO!GO!ラリーin東北」と銘打たれた東北復興支援イベントは唐沢が発起人となり、全国各地から集まったクラシックカーのオーナーらが街をドライブするというものらしい。なるほど、調べてみると、唐沢自身が所有する1954年型ポルシェの前で、妻の山口智子と並んで照れくさそうに微笑む唐沢の姿を発見。その表情を見てふと、あのテレにテレた結婚記者会見を思い出した。
唐沢と山口が7年という長すぎた春に終止符を打ち、突然入籍を発表したのは、96年12月15日。午前中に代理人が婚姻届を提出してきたという2人は、お揃いの黒いパンツスーツで登場した。唐沢は交際7年での入籍理由を、
「本当は来年あたりと思っていたんでけど、住むところなどが決まったので、じゃあ12月中に、となって」
ただ、プロポーズの言葉は「具体的にはなかった」とのことで、山口も「そこは謎なんです」と笑った。
2人によれば、挙式、披露宴を行う予定もないばかりか、子供を作る予定もなし。彼女の左手薬指には本来あるべき指輪も見当たらず、唐沢はテレながらこう言った。
「時間がなくて、買っていません。彼女はいらないって言うんだけど、いつかは買ってあげたいです」
さらに、夫婦となった実感を聞かれても、
「まだないですね。(入籍も)代わりの人に行ってもらいましたから」(唐沢)
「実感? う~ん、ゼロですね」(山口)
という調子で、自然体というかなんと言うのか…。その絶妙なテンポに、会見場が笑いに包まれたことを記憶している。
2人は89年、NHK朝の連続テレビ小説「純ちゃんの応援歌」で共演し、その後、交際に発展。92年2月、山口の自宅マンションに宅配業者を装った暴漢が侵入する事件が起こったが、その時、彼女の部屋に唐沢がいたことで、賊は何も取らずに逃走。未遂に終わったのだが、当時の会見で、山口はマンションにはマネージャーもいたと、熱愛を否定していた。
というわけで、入籍会見でもその話題がぶり返されたのだが、唐沢は、
「まぁ、いいじゃないですか、昔の話は。もう時効ですよ。それは世の常、人の常。世の中、楽しくやりましょうよ」
そして写真撮影時には肩に手を回す夫に対し、「やめてよ~」とテレる妻。報道陣も大爆笑だ。めでたい門出、なにもそこまで恥ずかしがらなくても、と思ったものだが、東北復興ラリーで照れ笑いを浮かべる2人を見て、あのユニークな会見と、山口の魅力を「フツーの人だから」と語った唐沢の言葉が蘇ったのである。
(山川敦司)
1962年生まれ。テレビ制作会社を経て「女性自身」記者に。その後「週刊女性」「女性セブン」記者を経てフリーランスに。芸能、事件、皇室等、これまで8000以上の記者会見を取材した。「東方神起の涙」「ユノの流儀」(共にイースト・プレス)「幸せのきずな」(リーブル出版)ほか、著書多数。