第1次南極越冬隊の男性隊員用に考案された「保温洗浄式人体模型」。新田次郎の実録的小説「氷葬」によれば、その後、担当事務官が起草した「仕様書」には、通称「南極1号2号」の注文仕様が概略、以下のように記されていたという。
●本器は南極において南極隊員が使用するものとする
●本器の購入個数は全く同一なるもの2体とする
●本器はゴムまたはゴムの化合物を用い、容易に変色、変性しないよう配慮すること
●本器は内部に電熱線を埋没し、温度を常に摂氏37度に保つものとする
●手足は自由に動かすことが可能にして、任意の位置に静止できる構造とする
●本器を使用した後の洗浄は簡単容易なる構造とする
●本器の下腹部には良質なる人毛を密植するものとする
●本器の頭部は日本髪、洋髪、断髪の3種とし、それぞれ脱着容易なる構造とする
●本器1体につきそれぞれ、以下の附属品を納入すること
①振袖1着(下着つき)
②ワンピース2着(下着つき)。ただし、同一生地を用いざること
③ワセリン100グラム入り3瓶
●本仕様書に明記せざる細部については、直接官の指示を受けるものとする
●本器は所定の検品に合格した後、それぞれ別個に梱包すること
●梱包については南極までの輸送中、毀損なきよう特に考慮すべきこと
●本器の銘盤は保温洗浄式人体模型第1号および第2号とし、製造者名および製作年月日を刻印すること
仕様書には本文のほかに詳細な図面も添付されていたというから、担当事務官が苦心惨憺の末に起草した労作だったことがうかがい知れる。新田も「氷葬」の中で、仕様書の作成をめぐるドタバタぶりを、次のように表現している。
〈どの部門に持って行っても、それはわれわれの部門ではないといって拒絶された。隊長自身で書いてはどうかと言われることもあった。揶揄の眼につき纏われたが、止めろという者は一人もなかった。そのころになると、人形のことは関係者に知れわたっていて、いまさら取り止めるわけにはいかなかった〉
それにしても、使用後の洗浄は簡単容易なる構造とするだの、下腹部には良質なる人毛を密植するだの、頭部は日本髪、洋髪、断髪の3種とするだの、ワンピース2着(下着つき)とワセリン100グラム入り3瓶を付属するだの、大真面目な書きっぷりであるがゆえに、想像力を大いにかき立てられて実に面白い。
まさに開発秘史のハイライトとも言うべき一幕である。(文中敬称略。つづく)
(石森巌)