1997年は新日本プロレスにとって、平成の絶頂期と言っても過言ではなかった。5大ドームツアー（東京2回、ナゴヤ、大阪、福岡）を成功させ、年間134試合で70万8464人の観客を動員したのである。
ライバル団体の全日本プロレスも年7回の日本武道館を超満員にして盛況だったものの、会場の規模が違うだけに興行面で新日本が大きくリードした。
そして98年、新日本は時代の節目を迎える。前年6月19日に引退を表明した長州力が、1月4日の東京ドームでリングを降りたのだ。
長州の引退ロードも新日本にとって大きなビジネスだった。発表2カ月後の8.10ナゴヤドームで、藤波辰爾との名勝負数え唄をドラゴン・スリーパーで敗れて完結させ、8月31日には1万8000人（超満員札止め）の横浜アリーナで、引退記念試合として同じ時代を生きた藤波、天龍とトリオを結成して、グレート・ムタ＆天山広吉＆ヒロ斎藤のNWOに勝利。前田日明、維新軍団の盟友アニマル浜口が駆けつけた。
日本縦断ドームツアーのラストとなった11月2日の福岡ドームは「ファイナル・パワーホール」と銘打たれて、愛弟子・佐々木健介に初めて敗れた。
年明けに6万5000人（超満員札止め）の大観衆を集めた1.4東京ドームでは、藤田和之、吉江豊、高岩竜一、飯塚高史、獣神サンダー・ライガーとシングル5連戦。3連勝後に飯塚、ライガーに敗れたものの、右の拳を突き上げてリングを降りた。
元気いっぱいの長州が現役を退いたのは、オーナーのアントニオ猪木が柔道からプロ格闘家に転向した小川直也をバックアップする形で、新日本の現場に介入して格闘技色を強めようとしていたことが大きい。
WARやUインターとの対抗戦などを手掛けて新日本を平成の黄金時代に導いた長州は、猪木の動きを警戒して現場監督に専念する覚悟を決めたのだ。
対する猪木は長州がリングを降りたこの1.4のリング上で「4月4日、このドームにおいて最後の試合をさせていただきます」と電撃発表。猪木もまた格闘技プロデューサーとして本格的に始動することを決意したのである。
引退試合に向けて3月4日から沖縄で強化合宿を行った猪木は、元プロボクシングWBA世界ジュニアウェルター級王者・平仲信明が経営する平仲ジムで、K-1プロデューサーの正道会館・石井和義館長、96年K-1王者アンディ・フグと合流。小川VSフグのスパーリングの絵作りをするなど、引退後に着手する世界格闘技連盟（仮称）とK-1の交流を示唆した。
3月22日、愛知県体育館で正道会館の角田信朗と公開スパーリングを行った猪木が、4.4東京ドームでの引退試合で対戦したのは、同日に対戦者決定トーナメントを勝ち上がった96年アルティメット王者のドン・フライ。
史上最高の超満員札止め7万人の大観衆と、76年6月に格闘技世界一決定戦を戦ったモハメド・アリが見守る中で、フライにグラウンド・コブラツイストで勝利した猪木は、ベートーヴェンの「運命」に導かれながら、バックステージに映し出された古代ローマの闘技場コロッセオの中に消えていった。それは猪木の新たなスタートを意味した。
猪木は4月27日の全日空ホテルでの引退記念パーティーの1時間前に、佐山聡、小川と世界格闘技連盟UFO（ユニバーサル・ファイティングアーツ・オーガニゼーション）の設立を発表。小川は新日本と年間契約を結んでいたが、UFOの発足によりワンマッチごとの契約に変わった。
これが火種になった。小川は新日本の6.5日本武道館への参加が内定していたが「今後、新日本には上がりません。猪木さんとUFOでやっていく」と出場を拒否したのだ。
その裏には「新日本はUFOを傘下組織と見なして、コントロールしようとしている」と不満を抱く猪木の意思があったと思われる。
新日本の意向を無視してミネソタ州ミネアポリスのブラッド・レイガンズ道場で練習していた小川は、6月3日に「新日本にけじめをつけるために」と帰国。5日の日本武道館大会に乗り込んで事件を起こす。
「大事な試合の日に、くだらんことで‥‥。会社で聞くから出直して来い」と取り合わない坂口征二社長に殴りかかったのである。
坂口社長は「誰かに言われてやったなら情けない」と〝黒幕〟を非難。
この事態を受けて、黒幕とされた猪木は小川をUFOから一時追放、謹慎処分としたが、坂口社長の怒りは収まらず「引退した猪木さんが夢を持ってUFOというものを創って、それに協力させてもらう姿勢だったけど、別に契約もしてないし、今後は白紙だ!」とUFOとの絶縁を宣言。
73年4月から25年間、二人三脚で新日本を支えてきた猪木と坂口の絆が絶たれてしまったのだ。
10月24日、猪木は新日本の力を借りずに両国国技館でUFOを旗揚げした。
小佐野景浩（おさの・かげひろ）元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」（徳間書店）がある。
