振り返れば、あの騒動はいったいなんだったのだろうか。
2018年3月に「週刊文春」の報道によって勃発した、レスリング女子日本代表・栄和人強化本部長によるパワハラ&セクハラ問題。栄氏は2004年から女子日本代表の指揮を執り、日本選手に11個もの金メダルをもたらした、いわば「金メダル請負人」だ。
そんな彼に降って湧いたのが、何者かによって内閣府に出された「告発状」だった。レスリング女子五輪4連覇に輝いた伊調馨への「パワハラ」である。
伊調だけでなく、霊長類最強と言われた吉田沙保里をも指導してきた栄氏の大スキャンダルに、蜂の巣をつついたかのような大騒ぎの中、「加害者」と名指しされた栄氏が所属する至学館大学(愛知県大府市)の谷岡郁子学長が3月15日に記者会見を開いた。
伊調は至学館大学(旧・中京女子大学)出身で、卒業後、警備会社ALSOKに所属していた。谷岡学長は当時、練習場が定まっていないとされる伊調に対し、
「もし母校である至学館で練習する必要があるなら、私たちはいつでも歓迎である旨は申しました。ただ、栄監督が率いるレスリングチームの道場は、彼個人のものではない。私が『使わせる』と言えば、伊調馨さんはいつでも使うことができます。その程度のパワーしかない人間なんです、栄和人は。パワーのない人間によるパワハラが一体どういうものであるか、私にはわかりません」
そう主張して、栄氏によるパワハラを否定した。そして飛び出したのが、次の言葉だった。
「そもそも伊調馨さんは選手なんですか。そもそも彼女は東京五輪を目指しているのですか」
なんと、現役選手であることを疑う発言である。スポーツ紙記者が説明する。
「伊調はリオ五輪後、『これからのことは空白』として『東京五輪を目指すかどうかはわからない。しばらく休みたい』と発言。1月からはALSOKとの契約も選手としてではなく、社員としての契約に変わっています。谷岡学長は日本レスリング協会の副会長であり、伊調自身が『広報部に配属されました』と協会に挨拶に来たと聞いていた。だからああいう発言になったようですが、さすがに五輪で4連覇した選手に対し、選手として認識していない、というのは言い過ぎではないかと、批判が集中したことは事実です」
ところが、である。先のパワハラ告発状に対し、日本レスリング協会が第三委員会を設置し、調査を行ったものの、結果はシロ。告発にあるパワハラは全て却下され、告発に含まれない4点のみが認定されるという、いったいどうした、という顛末を迎えることになったのである。
ただ、栄氏は騒動の責任を取り、本部長職を辞職した。2カ月後には大学を去ったが、2018年末に学外コーチとして現場復帰。その後は再び、監督に返り咲いている。
「選手から信頼を得たい、好かれたいなどという思いはない。私はただ選手を強くするのみ」
これが持論だという栄氏だが、こと伊調に関しては、なかなか理解されなかったということだろう。
(山川敦司)