当事者間で解決できない問題にシロクロつけるのが民事裁判である。裁判官は日々、難題をジャッジしているわけだが、今回ほど頭を悩ませたことがあっただろうか。なにしろ「法外の徒」が法律による判断を求めてきたのだから…。
それは組事務所の所有権をめぐって、現在の組長が先代組長を訴えた裁判。この前代未聞の訴訟に9月11日、神戸地裁が判決を下したのだ。
組事務所の所有権で揺れていたのは、あの山健組である。まずは詳しくない方のために、ヤクザ事情に詳しいジャーナリストに解説してもらうと、
「日本最大の暴力団である山口組の傘下組織ですが、かつては『山健組にあらずんば山口組にあらず』と言われたほどで、『闇社会のエリート集団』と言っていい」
モメごとの根幹にあるのは、山口組の分裂だ。2015年8月、六代目山口組の組織運営に反旗を翻した一部勢力が、神戸山口組を旗揚げ。そのトップに収まったのが井上邦雄組長で、当時は山健組の四代目組長でもあった。六代目山口組側との激しい分裂抗争の最中、井上組長は決断する。山健組の跡目を、腹心だった中田浩司組長に譲ったのだ。
ところが中田組長のもと五代目山健組がスタートして2年後、井上組長との間に意見対立が発生する。その結果、2020年7月に山健組が神戸山口組から脱退してしまう。
その後、対立する六代目山口組へと移籍。いわば渡世上の親子喧嘩に分裂抗争もあいまって、複雑怪奇な争いになっているのだ。
とはいえ、そもそも継承した時に組事務所も一緒に譲られてはいなかったのか。
「山健組はマンモス組織だけに、本部事務所(神戸市中央区/写真)周辺に複数の建物を所有しており、その一群の建物全体が揃って初めて、本部機能を果たしています。継承時、中田組長には一部の土地・建物しか手渡されていませんでした」(前出・ジャーナリスト)
例えば山健組本部事務所の土地・建物は、中田組長の名義になっている。が、隣接する駐車場は別人名義といった具合に、ほとんどの関連施設が井上組長側の名義になったまま、2人は敵対する関係に…。
「話し合いができない状態に陥ったことで、中田組長が原告となり、提訴に踏み切ったのです。そこで使った論法が、山健組関連施設は組員たちが資金を出し合って手に入れた『総有財産』で、組長個人がいいように使っていいわけがない、というもの。いわば、組長のモノか組員全員のモノかの判断を、裁判所に求めたわけです」(前出・ジャーナリスト)
しかもこの論法でいくと、井上組長が住む自宅も「山健組組員たちの総有財産」となり、中田組長はその自宅も含めた関連施設の名義人ごとに、複数件の訴訟を2021年末から2022年にかけて起こしていた。かつての山健組最高幹部が、いかに自分たちが資金を拠出したかを陳述書にまとめて提出するなど、泥沼の展開となっていたのだが…。
「判決は中田組長側の敗訴でした。組員たちが資金を拠出した『客観的証拠がない』という理由からです」(前出・ジャーナリスト)
決して暴力団事務所は組長のモノだとしたわけではなかったが、ここまでもつれたのはなぜなのか。ジャーナリストが続ける。
「山健組本部は近隣住民によって使用差し止めの仮処分を申し立てられ、裁判所が認めています。『仮』とつくから効力が弱いように思われがちですが、この仮処分が下された建物は二度と組事務所としては使えず、所有権を手放すまで処分が解けることはない。つまり山健組本部に売却以外の道は残されておらず、この裁判は中田組長側と井上組長側との売却益の奪い合いでもあったのです」
まさに仁義なき法廷闘争だったのだ。