自宅も老人ホームも安心して暮らせない…。首都圏で相次ぐアポ電強盗も怖いが、数百万円から数千万円の入居金を払って入居した老人ホームがある日突然、閉鎖となったら…。それは当事者にとって「詐欺被害」「窃盗被害」に遭ったようなものだろう。
東京都や千葉県の老人ホームで職員の給料未払いが生じ、大量離職が相次いでいると一部メディアが報じている問題で、とある男性医師の名前が浮上している。給料未払いにより崩壊している有料老人ホームの運営企業で代表取締役を務める人物だ。
同姓同名の医師がいないか、厚労省の医師検索システムで照会してみると、出てくるのは「平成25年に医師免許を取得」した1名のみ。問題の企業代表取締役のプロフィール、30代半ばの年齢と一致する。
この医師が運営責任者となっている全ての有料老人ホーム(九州、関東など複数施設あり)も今後、経営破綻するおそれがあるというわけだ。
当該医師の実名はすでに、介護掲示板に上がっている。事実上、破綻した老人ホームと類似した名前の老人ホームが「風評被害」に遭っているので、注意が必要だ。
破綻した有料老人ホームは「毎月の利用料が安い」を売りにしていた。入居者も介護職も被害者ではあるが、知識不足は否めない。というのも、有料老人ホームで24時間、手厚い介護を期待するなら、入居者1人に対し、介護職と医療職が日勤、夜勤で最低でも合計4人が必要となる。4人の職員の年収を300万円と低めに想定しても、年間の人件費1200万円がかかる。
食事介助も医療処置も、1人の職員が1人の入居者につきっきり。さらに管理栄養士、調理師、清掃員、介護助手、ケアマネージャーら管理職、事務職員の人件費と施設建設費、個別入浴でじゃぶじゃぶ使う水道代と光熱費、三食と午前午後のおやつの食材費が…。さらに病院への通院費用やオムツ代は別途請求。月額わずか10万円で手厚い介護など、受けられるはずがない。
それでも一部業者が「安い老人ホーム」を運営できるカラクリは「介護保険」「助成金」の不正流用にある。老人ホームの運営事業者は訪問介護やグループホーム、デイサービス、保育園など多角経営を手がけていることが多い。在宅介護が困難になったらグループ企業の有料老人ホーム、グループホームに入れるという謳い文句で、地域の高齢者を囲い込むのだが、そうして得た「介護保険報酬」「保育料」「区市町村からの助成金」が、有料老人ホームの赤字補填と経営陣の懐に流れている。
実際には介護サービスを提供していない独居老人や生活保護受給者にも介護報酬を申請する、年間数千万円規模の不正請求は、2021年度に発覚しただけで105件、被害金額3億円。新型コロナの影響で自治体が不正請求の監査に入れなかったため、実際はさらに多いとみられる。新型コロナ明けに全国で介護施設の破綻が相次いでいるのは、行政監査が厳しくなったからだ。
そうはいっても月額10万円以上の介護費用など払えない、と老後資金に不安がある人は、自分自身が納得のいく「人生のエンドポイント」を考えておくことだ。蓄えがないならなおさら、寝たきりになり自力で食事を摂れなくなってから数百万円の介護費用を散財することが、人生を豊かにするカネの使いみちとは言えないだろう。
(那須優子/医療ジャーナリスト)