女性ジョッキーの第一人者として多くの競馬ファンに愛されてきた藤田菜七子(美浦・根本康広厩舎)が10月10日、JRA(日本中央競馬会)に対して「引退届」を提出していたことが明らかになった。
藤田は今年7月にJRA職員との結婚を公表し、「今後も現役を続けます」「もっと頑張らなきゃ」と抱負を語っていただけに、電撃引退は大きな驚きをもって受け止められた。藤田はなぜ急転直下の引退を決意したのか。
伏線は若手騎手ら6名が調整ルームにスマホを持ち込んでいた事実が発覚した、昨年5月の不祥事に遡る。この時にJRAが全騎手に対して実施した聞き取り調査で藤田は調整ルームにスマホを持ち込んでいたことは認めたが、「スマホによる外部との通信は行っていない」と申告していた。
ところが引退届を提出する前日の10月9日、一部週刊誌が藤田の調整ルームへのスマホの「持ち込み」に加えて「外部との通信」の過去を速報。はたせるかな、JRAが週刊誌報道を受けて同日夕に行った事情聴取で、藤田は昨年4月頃まで複数回にわたって、通信アプリを使って調整ルームから外部との通信を行っていたことを認めたのだ。
この聴取結果を受けて、JRAは10日、「一連の行為は騎手としての重大な非行にあたる」として本事案を裁定委員会に送付するとともに、11日以降、裁定委員会の議定があるまで騎乗停止とする厳重処分を言い渡した。そして同日、藤田は裁定委員会の議定を待つことなく、JRAに引退届を提出したのである。
一連の事実経過から浮上してくる最大のポイントは、スマホによる外部との通信の有無について、藤田がJRAの聞き取り調査に対して「虚偽の申告をしていた」、有り体に言えば「ウソをついていた」という事実だ。
思うに、真面目で一途なイメージの藤田にとって、虚偽申告の事実が明るみに出たことは大きなダメージであり、ショックでもあったはずだ。
また、これ以上JRAに迷惑はかけられないという配慮もあって、藤田は断腸の思いで現役引退を決断したのではないか。そのあたりの葛藤は、師匠である根本調教師の会見語録に滲み出ている。
「菜七子は今、人前に出て話ができる精神状態ではありません。大泣きしながら、オレの万年筆で引退届を書いていた菜七子の姿は、死ぬまで忘れません」
JRAの救世主とも言われた藤田。まさに残念のひと言に尽きる。
(日高次郎/競馬アナリスト)