どの病院でも、患者同士のトラブルは起こりうる。ところが青森県八戸市の病院で起きた「歯ブラシ殺人事件」は、想像の斜め上をいくホラー展開だった。
凄惨な事件が起きたのは、新型コロナの影響で入院患者と家族の面会制限、行政による監査見送りが続いていた2023年3月12月深夜だった。八戸市の「みちのく記念病院」精神科病棟に入院していたTさん(当時73歳)が、アルコール依存症などで入院加療中の相部屋の男(殺人罪で懲役17年が確定)から歯ブラシの柄で顔面を何度も突き刺され、翌13日午前10時10分、同病院で死亡が確認されたのだ。Tさんは認知症と診断され、事件当夜はベッドから落ちないよう、身体拘束されていたという。ベッドに縛りつけられ身動きが取れないところを、相部屋の男に歯ブラシで顔をメッタ刺しにされたのだ。
病院関係者から青森県警に情報提供が寄せられ、司法解剖したところ、死因は「相当な力が加えられた頭蓋内損傷」だった。ところが病院が遺族に出した死亡診断書の死因は「肺炎」。この虚偽の死亡診断書を記入、署名したのは80代の医師となっていた。この80代医師は認知症の疑いでこの病院に入院中であり、会話や意思疎通は困難だという。
青森県警の押収資料の中から、この認知症医師名で書かれた死亡診断書は100枚以上も見つかっており、半数以上の死亡診断書に「死因 肺炎」と記載されていた。
さらに瀕死のTさんの救命治療にあたったのは当直医ではなく看護師で、無資格診療の疑いも浮上。メチャクチャなことだが、逮捕された病院理事長の兄と主治医の弟は警察の取り調べに対し、容疑を全面否認しているという。
だが死因が闇に葬られたのは、雪に閉ざされた北国の入院患者100人だけではないかもしれない。
逮捕された理事長が経営する医療法人本部は東京都目黒区にあり、板橋区や横浜市、岩手県北上市に3つの系列病院、20以上の介護施設、精神科施設を全国各地で展開している。これら入院入所患者の総数は3500人余にのぼる。
これほどの入院、入所患者を抱えながら同法人は看護師、介護士、調理師の間では「ブラック病院、ブラック施設」として知られ、看護師・介護士向け求人サイトに苦情が寄せられたこともあったという。応募した看護師が次のように証言する。
「時給1300円から1800円で職員募集していて履歴書を提出、面接で家族構成など個人情報を話した後に、採用担当者の態度が急変しました。『こんな職歴に時給1800円は出せない。この程度の職歴なら時給1200円。不服なら辞退してもいいが、こっちは個人情報を知っている』などと言われました。就職を辞退した報復に自分の個人情報がどう扱われるのか、恐ろしかった」
今まで同法人を放置してきた厚労省と自治体、各都県の看護協会も、監督責任を問われるべきだろう。
(那須優子/医療ジャーナリスト)