2009年1月4日、新日本プロレスの東京ドームで、全日本プロレスの武藤敬司から至宝IWGPヘビー級王座を取り戻したことにより、棚橋弘至が新日本の大黒柱だと誰もが認めるようになった。
新日本が力を取り戻してきたことでプロレス業界は明るいムードになったが、そんな矢先の6月13日、プロレスリング・ノアの広島県立総合体育館小アリーナで大アクシデントが発生した。潮崎豪とタッグを組んで齋藤彰俊&バイソン・スミスのGHCタッグ王座に挑戦した、三沢光晴が齋藤のバックドロップを食った直後に意識不明になり、搬送先の病院で死去したのだ。死因は頸髄離断だった。
ノアの創始者で、90年代には三冠ヘビー級王者として全日本を牽引して四天王時代を築き、リング上に関しては「受け身の天才」と呼ばれた三沢の急逝は、プロレスの在り方が問われる事故だった。6月18日には馳浩衆議院議員がノアの仲田龍統括本部長、新日本の菅林直樹社長と三澤威トレーナー、全日本の武藤社長を自民党本部に招集して、事故の再発防止について話し合われている。
そして三沢追悼興行に新日本、全日本が協力。9月27日の日本武道館における追悼興行第1弾には武藤が出場。三沢の後任としてノアの社長に就任した田上明と社長コンビを結成して、小橋建太&高山善廣と対戦し、田上と武藤はシャイニング・ウィザードの競演で超満員1万7000人の観衆を沸かせた。
10月3日の大阪府立体育会館での追悼興行第2弾では、新日本から蝶野正洋が出陣して、GHCヘビー級王者・潮崎豪&小橋とトリオを結成して力皇猛&モハメドヨネ&齋藤と対戦。蝶野と潮崎のケンカキックとトラースキックの合体殺法、蝶野と小橋のダブル・エルボーバットなどの夢の連係で、こちらも超満員6300人の観衆を魅了した。
その9日後の10月12日には、新日本の両国国技館における蝶野25周年特別興行で、蝶野&武藤&小橋の新日本&全日本&ノアのメジャー3団体のトップによる夢のトリオが実現して中西学&小島聡&秋山準と対戦。武藤が秋山に足4の字固めを決めれば、小橋は小島にコブラツイスト、蝶野は中西にSTFの豪華三重奏。最後は中西に武藤のシャイニング、小橋の剛腕ラリアット、蝶野のシャイニング・ヤクザキックが炸裂して超満員札止め1万1000人のファンを狂喜させた。
翌10年5月末日で小島聡が全日本を退団。8月に新日本の「G1クライマックス」にフリーとして4年ぶりに参加して初優勝し、10月にはIWGPヘビー級王者にもなったが、これは新日本の引き抜きではなく、小島が自らの意思で動いたこと。武藤も容認して円満に送り出している。
11年、日本は大災害に見舞われた。3月11日に発生した東日本大震災である。この緊急事態にプロレス界も興行の中止や延期、原子力事故による電力不足から節電が実施されたことを受けて興行を自粛するなど、対応に追われた。
3月11日、全日本は石巻市総合体育館で興行が予定されていたため、先乗りしていたリングスタッフは会場で被災、選手たちは移動バスで会場に向かっている最中で、地震発生時は東北自動車道を走っていて、津波警報がひっきりなしに鳴り響いていたという。
別行動で石巻に向かっていた近藤修司は、仙石線に乗車中に被災。音信不通の状況が続いて安否が気遣われたが、翌日には連絡が取れて選手、関係者全員の無事が確認された。
日本全体が暗く沈んでいる中、4月18日に新日本、全日本、ノアの3団体が日本武道館で記者会見を開いて、8月27日に同所での東日本大震災復興チャリティープロレス「ALL TOGETHER」の開催を発表。
メインイベントではIWGP王者・棚橋、三冠王者・諏訪魔、GHC王者・潮崎が王者トリオを結成して中邑真輔&KENSO&杉浦貴と激突。王者トリオのトリプル・ドロップキックという、3大王者の合体攻撃が超満員1万7000人のファンを唸らせ、セミファイナルでは飯塚高史&矢野通と対戦した武藤&小橋がムーンサルト・プレスの競演。実に82人の参加選手が被災地に届けとばかりに熱いファイトを展開した。
翌12 年2月19日の仙台サンプラザホールの第2回大会のメインでは、内藤哲也&真田聖也(現SANADA)&潮崎と対戦した棚橋&諏訪魔&GHC王者・森嶋猛がトリプル・ドロップキック。再びタッグを結成した武藤&小橋は秋山準&大森隆男を相手にムーンサルト・プレスを競演して、被災地の満員札止め3500人のファンにエール。
創始者の急死に見舞われたノアに新日本と全日本が協力し、蝶野の25周年を超党派で祝い、大災害では一致団結してプロレスの元気を届ける。もはや昭和の興行戦争の時代は遠い昔になり、平成半ばからは力を合わせて業界を発展させようというプロレス界になったのである。
小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。
写真・ 山内猛