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プロ野球「オンオフ秘録遺産」90年〈駒田徳広が史上初「デビュー打席・満塁本塁打」〉

 プロ野球史上初の「デビュー打席・満塁本塁打」という仰天弾が飛び出したのは1983年4月10日、後楽園球場での巨人対大洋(現DeNA)2回戦だった。

大 0 0 3 0 0 1 1 0 1=6

巨 6 0 2 0 1 2 2 0×=13

 前日の開幕戦は5対2で巨人が勝った。この日、大洋はマウンドに81年のドラフト1位、22歳の右腕・右田一彦を送った。

 巨人は1回、右田から2点を奪ってなおも1死満塁。左打席にプロ3年目の20歳、「7番・一塁」で公式戦初出場の駒田徳広が入った。

 チームナンバー1の身長190センチ、体重87キロという大柄な選手だ。

 外角球を2本ファウルした後、1–2から真ん中に甘いカーブが入ってきた。真芯で捉えた。打球は放物線を描いて、右翼席中段に落ちた。

 初打席初本塁打はこれまで15人いたが(1リーグ通算)、満塁本塁打はプロ野球59年目にして史上初となった。試合開始は13時1分、5万人の大観衆が歴史の証人となった。「満塁男」の誕生である。

「打った瞬間、入ったと思った。でも、よく考えたら逆風だったのでダメかと‥‥一塁まで全力で走りました。前の走者を抜かないように、それだけ思っていました。でも夢中で何がなんだか─」

 開幕戦は中畑清が「6番・一塁」でスタメン出場していた。ところが試合前、石渡茂の打球を右手首に受けた。骨には異常がなかったが大事を取って欠場した。

 本来なら左のベテラン、山本功児の出番だった。しかし、藤田元司監督は駒田の起用に踏み切った。

 助監督・王貞治のプッシュがあった。

「守りを考えたら功児だろうが、まずは点を取ることだ。守りは後からでいい。現状では山本よりも駒田が上だ」

 駒田は80年、投手として奈良・桜井商高からドラフト2位で入団した。エースで4番だった。桜井商時代は通算本塁打43本、通算打率4割9分である。その打力を高く評価されて、入団後は打者に転向した。

 王は82年のオープン戦から83年のグアム、宮崎キャンプで駒田を徹底的に指導した。82年、駒田は2軍のイースタン戦で、右田とたびたび顔を合わせていた。対戦成績は18打数7安打の3割8分9厘。しかも、シーズン7本塁打中3本をマークしていた。

 1軍では初顔合わせでも、実際は「顔なじみ」なのである。相性がいい。しかも、右田が勝負所で甘いカーブを投げる癖があることを知っていた。

 駒田は1死満塁でも、「オレにツキが回ってきた」と胸躍る余裕があったのかもしれない。

 中畑の故障、満塁での初打席、マウンドには相性のいい右田が立っていた。強運とともに持って生まれた星を感じさせたのである。

 この日はあわやサイクルの3安打、6打点を挙げた。

 大リーグに目を転ずれば、初打席での満塁本塁打は1898(明治31)年にフィリーズのW・ダグレビーが打った記録が残っている。21世紀に入ってからは誰もマークしていない。

 駒田の満塁での快進撃は続いた。4月17日の阪神戦、5回2死満塁で2点タイムリー、30日の大洋戦でも2死満塁で走者一掃の二塁打を放った。

 5月6日の中日戦(後楽園)、巨人は3点を追って6回の攻撃に移ると、先発の小松辰雄の乱調に乗じて無死満塁とした。

 6番・駒田に打席が回ってきた。小松のカーブを捉えて右中間を割った。走者一掃の三塁打となった。デビューからこの日まで満塁の4打席でサイクル安打達成である。14打点を稼いだ。「満塁の駒田」のニックネームが完全に定着した。93年オフにFA宣言して横浜に移籍した。同じ一塁のポジションである落合博満の移籍、コーチとの確執もあった。01年に引退し、通算2006安打を達成、195本塁打をマークした。24年シーズン終了時点での満塁本塁打の記録を見る。チームは最終所属球団、カッコ内は通算本塁打数だ。

 1位西武・中村剛也22本(478本)、2位巨人・王貞治15本(868本)、3位オリックス・藤井康雄14本(282本)、4位De NA・中村紀洋14本(404本)、そして駒田は13本(195本)で西武・江藤智(364本)、ソフトバンク・小久保裕紀(413本)、ロッテ・井口資仁(251本)とともに5位である。

 それなのになぜ「満塁男」と呼ばれるのか。13本に1本の割合で打っているが、理由は簡単だ。王の満塁本塁打はプロ2年目、通算657本塁打の野村克也は4年目だった(満塁本塁打数は12本で9位)。

 駒田はプロ入り後、2年間の2軍生活があったものの、公式戦デビューでやってのけた。プロ野球は今年、91年目を迎えるが、この記録は駒田ただ1人だ。

 駒田には独特のストライクゾーンがあった。190センチの長身、顔のあたりを通過しそうなボールでも捉える。ゾーン以外でも対応できたのだ。おおらかな性格でどんな場面でも動じない。

 王は駒田のデビュー時に「守備は後からでいい」と話したが、89年に一塁に定着すると守備の最大評価表彰であるゴールデングラブ賞を10回受賞している。

 満塁男は守備の達人でもあった。

 駒田は21年に巨人に3軍監督として復帰し、現在も次代を担う若手選手を育成している。

 高校3年時、対戦校の投手が怖がって徹底した敬遠策を取っていた。春の県大会決勝・天理高戦では2死満塁で敬遠されている。「満塁男」にふさわしいエピソードである。

(敬称略)

猪狩雷太(いかり・らいた)スポーツライター。スポーツ紙のプロ野球担当記者、デスクなどを通して約40年、取材と執筆に携わる。野球界の裏側を描いた著書あり。

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