倉篠氏がさらに続ける。
「一方、医療現場では、リンパ節転移を伴っていたり、隣接臓器にまでガンが広がっていたりして、臓器全摘をしても根治できないケースでも、上皮内ガンに分類することがある。つまり、『約款上の定義』と『医療現場における定義』とはかなり異なりますので、後者を採用すると、信じられないほどの重症ガンが不当に不払いにされることになります」
保険金の有無を左右するにもかかわらず、なぜそんな事態が起こるのか。
「答えは簡単。そもそも医者は、保険のことなどまったく興味がないからです。臨床医はどんな腫瘍に対してどんな治療をすれば患者さんのためにベストなのか、を常に考えているもの。ですから、呼び方なんてどうだっていいし、保険の定義がどうなっているのかなどに関心がない。そのため、『これは浸潤ガンですか。上皮内ガンですか』と聞かれれば、自分がいつも使っているTNM分類(ガンの進行度を一定基準で分類したもの)などで答えるのは当然で、これは臨床医に質問する際に、前述の〈1〉~〈4〉の要件を明確に伝えておかない保険会社の責任です」(前出・倉篠氏)
また、現実には「医療現場の定義」ですら満足に知らない医師も多いという。
「本来、胃ガンには上皮内ガンというのはありません。ところが早期胃ガンと上皮内ガンとを混同している医師もかなりいて、『上皮内ガン』『皮膚ガン』『その他のガン』の三者より一つを選べと保険会社から迫られて、『上皮内ガンがいちばん近いだろう』とチェックを入れてしまう場合がある。さらにそれを悪用して、保険会社は浸潤ガンを上皮内ガンとして不払いにする。驚くでしょうが、それが現実なんです」(前出・倉篠氏)
しかも、保険会社に不都合な診断書なら、臨床医に訂正を求めるという。
「保険会社には、診断書を書いた医師への訪問を専門にしている職員がいます。例えば、大腸粘膜ガンは約款の基準からすれば上皮外に浸潤しているので『浸潤ガン』であり、現に『その他のガン』にチェックされていることがあります。ところがTNM分類によれば上皮内ガンですので、『これはTNM分類に書かれているように、上皮内ガンではないか』などとその職員から言われれば、臨床医は必ず訂正します。つまり、胃ガンの誤証明をそのまま悪用して不払いにし、大腸粘膜ガンの正しい証明は訂正させて、いずれも不払いにするという具合に、医師判断の使い分けをしています」(前出・倉篠氏)
加えて特定疾病型のガン保険は、死亡保険と抱き合わせの場合が多いため、
「患者さんが亡くなった場合、死亡した時点で遺族には保険金が下りるため、入院の途中で『おや?』と思っても、死亡保険金が下りてからあらためて訴えを起こすようなことがない。それが保険会社の不払い実態を闇に葬る要因の一つでもあるんです」(前出・倉篠氏)